写真はイメージ=PIXTACase:36 大学生の娘がコンビニエンスストアでアルバイトをしています。浮かない顔をしているので話を聞くと、レジの計算が合わないと店側が「罰金」「連帯責任」と称して不足額をそのシフト時に働いている全アルバイトの人数で割り、給料からその分を天引きしているのだそうです。うちの娘のミスでないとは言い切れませんが、責任がはっきりしないのに天引きするのはおかしいのではないでしょうか。
■「罰金」を給与から天引き、違法
労働基準法は「賃金は通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならない」と定めているので、正社員であろうがアルバイトであろうが、法律で定める税金(所得税や住民税)、社会保険料以外を給与から天引きすることは原則的にできません。
例外として、従業員の過半数で組織する労働組合(または労働者の過半数以上の代表者)との労使協定が結ばれている場合、法律上認められているもの以外、例えば社宅の家賃なども賃金から控除することができますが、大学生のアルバイトの場合、これによって何かが控除されることはあまり考えにくいと思います。
このため「罰金」を給与から天引きすること自体がまず違法です。
■計算が合わないのはアルバイトの責任?
では、給与からの天引きが認められないとしても、計算が合わないレジの差額分を請求されたら店員は支払わなければならないのでしょうか?
民法上の原則として、自分の故意または過失によって他人に損害を与えた場合、加害者は損害賠償の責任を負います。法律的には労働契約上の債務不履行または不法行為による損害賠償責任になるでしょう。仮に店員が故意に売上金をレジから盗んだ場合、その店員は盗んだ売上金全額を店に賠償する責任を負います。あまりにも当然のことです。
しかし、人は必ずミス(過失)を犯します。あってはならないことですが、客から受け取る金銭が少なかった、釣り銭を多く返しすぎたりするミスは、どうしても起こりえます(従前はレジの入力ミスが多かったようですが、最近のコンビニはバーコード入力なので少なくなったそうです)。
店側は特定の店員が確かにレジでミスを犯したこと、そのために発生した損害金額を立証できるのであれば、計算の合わない差額をその店員に請求できる可能性はあります(ただし、後述のとおり、請求できる範囲は制限されます)。
そのためには防犯カメラの映像をくまなく調べる必要があるでしょう。防犯カメラの解像度で、レジで客とやりとりしている具体的な金額まで明確に判明するのかどうかは何ともいえません。ミスをした店員も1人とは限りません。立証の難易度はかなり高いように思います。
誰のミスか特定ができないのであれば、過失が立証できていないわけですから、相談のケースのように「連帯責任」と称して不足額の責任をそのシフト時に働いている店員全員に転嫁するようなことは許されません。
■賠償額は「全額」か
仮に防犯カメラなどで特定の店員の過失が立証できた場合、例えば特定の店員が客に過大な釣り銭を返しているところがカメラに明確に撮影されていた場合、それにより生じた損失全額が店員の責任になるのでしょうか?
一見それが当たり前のようにも思えますが、使用者(店)は労働者(店員)を使用することにより自らの活動を拡大し、利益を上げています。日本の判例では業務遂行上の通常のミスから生じる損害は、労働者を指揮命令する立場にあり、労働者を使用することから利益を得ている使用者が負担すべきであるという考え方が採用されています(難しい言葉ですが「報償責任の原則」といいます)。
このため、使用者から労働者への請求は判例上「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」においてのみ可能と解されているので、差額全額が店員の負担になるということは考えにくいでしょう。
ただし、これはあくまでも過失、つまりミスによる損失が発生した場合に限られます。前述のとおり、故意に店の売上金を盗んだような場合は店員が全額賠償責任を負うことになるので、誤解のないようにしてください。
■損害賠償額を「予定」する契約は無効
店側があらかじめ「レジの計算が合わない場合、同じ時間帯に働いていた店員間でその損失を負担する」あるいは「その分の罰金を払う」といった念書や誓約書を差し入れさせていた場合はどうでしょうか?
「罰金」とは国家が国民に科す刑罰の一つですが、ここにいう「罰金」はそういう意味では使われておらず、法的な性質は民事上の損害賠償と解され、店の実損を証明しないのですから「損害賠償の予定」と解されます。
労働基準法は「労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めているので、このような書面は無効です。「損失を負担する」などの文言でも同様です。
少し前、大手コンビニチェーンの店舗で高校生が病気で欠勤したところ、店側が「代わりの出勤者を探せなかったので罰金」として10時間分の時給を支給額から差し引いたことがありましたが、この件でも結局は店側は差し引いた分を返金しています。
「遅刻したら罰金を払う」「代わりの人を連れてくる前に辞めたら罰金を払います」などの書面も無効と解されます。売り上げのノルマを課すのも違法です。(ただし、遅刻した分を給与から控除されるのはやむをえず、また、度重なる遅刻は後述する懲戒事由になる可能性はあります)
■減給処分は可能?
それでは、労働者に対する懲戒処分の一環として減給処分を課すことは可能でしょうか。理論的には可能ですが、そのためにはまず、就業規則に懲戒処分の規定があり、それが社員に周知されていることが大前提です。
当然のことですが、アルバイトにも就業規則の適用があります。そして、就業規則で定められている懲戒事由に該当する行為があり、その処分が客観的、合理的で社会的相当性を有していることが必要です。
例えば就業規則に「レジの計算違いが発生した場合、減給とする」などと規定しても、それは不合理な内容の懲戒事由として無効と判断されるでしょう。また、減給処分は一般の会社でも重い部類の処分であり、十分な事実の調査と本人の弁明を聞いたうえで決定されるべきものです。コンビニの場合、店長やオーナーの一存で恣意的に決めてよいものではありません。
仮に減給が許されるとしても、労基法は「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」と規定しており、これを超える減給処分はできません。このルールに従って減給処分を課すとなると、相当ハードルは高いことが分かると思います。
■「ブラック」なら声を上げて
欠勤やミスに「罰金」を科すような店の噂は今の時代、瞬く間に交流サイト(SNS)に乗って拡散し、結果的には人手不足が加速することになります(SNSによる拡散が良いことだと言っているわけではありません。流す側は名誉毀損・信用毀損に問われる可能性もあり、避けるべきです)。
とはいえ、アルバイトをする側も無断欠勤や遅刻をせず、仕事上でなるべくミスのないように勤めたいところです。ただ、不幸にして「罰金」を科すようなブラックな職場に入ってしまった場合には臆することなく声を上げるべきでしょう。
志賀剛一志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。