条件は週3時短 主婦16年のブランク経て広報に
仕事を辞めて専業主婦になり、長い時間がたつと、復帰に対してのさまざまなハードルが上がるのではないか――と思っている人も多いのではないでしょうか。今回、お話をお聞きしたのは16年間の専業主婦生活を経て、2年ほど前に44歳で仕事に復帰したという江原なおみさん。46歳の今、二人のお子さんを育てながら、サイボウズの広報を務めるまでの道のりを伺いました。
――1993年、江原さんは新卒でソニーに入社をされたんですよね。
はい、ソニーでは最初5年ほど、海外営業に携わっていました。その後、パソコンの「VAIO」関連の部署に移ったらとても忙しく、2~3カ月に1回、アメリカやヨーロッパに出張があり、目まぐるしい毎日でした。最初は楽しかったのですが、結婚して家庭と仕事の両立が難しくなっていたこともあり、だんだん疲れてきてしまって。平日は夫婦で過ごす時間がないし、土曜日は疲れて1日寝ている状態。「疲れたなあ~」が口癖で、何のために結婚したんだろう……と思うような毎日でした。そんな時、夫がロンドンに転勤することになり、仕事を辞めて一緒に行くことにしたんです。
「専業主婦っていいな」という思いから仕事を辞めることに
――海外に行ったら、再び働いてみようかなという思いはあったのでしょうか。
ソニーは世界中にオフィスがあるので、もしかしたら現地でもう一度採用してもらうこともできたかもしれません。周りからは「なんで辞めるの?」「おめでた?」「留学?」なんて驚かれましたね。当時から、出産後も仕事を続ける女性がたくさんいる、とても良い会社だったのですが、私は不器用でバランスがうまく取れず、疲れがたまった状態で「仕事はいいや」と思っていました。今ほど転職する人がいない時代だったので、転職という選択肢を考えることもなく、専業主婦の道を選びました。
というのも、私の母親がずっと専業主婦で、「専業主婦っていいな」という思いもあったんですよね。ところがその母からも反対された。「私の時代は、結婚したら仕事を辞めなくてはならなかった。でも、あなたにはいろいろな選択肢があるんだからもったいない」と。当時はあまりに疲れていて、母の立場になって冷静に考えることもできず、家事と仕事の両立は私にはできないと思っていました。社会に出ても実家暮らしでぬくぬくしていた私は、結婚して家事と仕事の両立が始まって頑張り過ぎていたのかもしれません。
――専業主婦になると決めて、旦那さんはどんな反応でした?
夫婦で疲れ切った毎日だったので、夫は喜んでくれました。それまで土日のどちらかは寝だめの日で、買い物や家の片付け、掃除などで終わっていましたから(笑)。会社を辞めて海外に行くまでの約4カ月間、これまでやりたかったことを一気にやりました。お茶のお稽古、ジム通い、美術館巡り。その生活が何年も続いたら飽きるかもしれませんが、4カ月間限定だったのでものすごく楽しめました。
――そして、ロンドンに2年間行かれました。
ロンドンでは、夫婦二人の生活を満喫しました。1カ月に1回は旅行をし、テニスや乗馬をやったり、イタリア語を習ったり。まるで、ずっと夏休みが続いているようで(笑)。そんなタイミングで妊娠が分かってロンドンで出産。長男が生後2カ月弱の時に夫の帰国が決まって、日本に帰りました。
長男が小学生になった時に転機が訪れる
――日本に帰ってからは、いかがでしたか?
育児と家事に追われる毎日です。二人目も生まれ、早い時間に終わる長男の幼稚園送迎と4歳下の次男の世話で目まぐるしい日々。ところが、長男が小学生になった時に転機が訪れました。
長男は毎日学校に一人で通う。まだ幼稚園に入園できない年齢の次男は家にいる。すると、私が大人と接する機会がなくなってしまった。ふと気が付くと「今日1日、子どもとしか話してない」という日が続いて社会から取り残された気持ちになり、第一線で働き続け、話題豊富でキラキラしていている学生時代の友人を見て「いいなあ……」と感じるようになりました。
そして次男が幼稚園に入園しても「小学校に入ったら、また同じように喪失感を感じるんだな」という思いが常にあり、仕事復帰という考えが浮かぶようになりました。ただしその段階で、仕事のブランクが10年以上ありました。
――それで、就職活動を始めたのでしょうか。
いえ、まずは社会復帰をする際に、分かりやすいスキルがあったほうがいいだろうと、英語能力テスト「TOEIC」を受験することにしました。私自身、帰国子女だったので、英語ならなんとかチャレンジできそうだと思って。長男が小学5年生、次男が1年生の時です。
――なんと、満点(990点)だったとお聞きしました。
初めてのTOEICだったのですが、とにかく勉強が久しぶりで楽しかった。「やるからには満点を取ろう!」と気合いを入れて、子どもが小学校に行っている間や習い事の送迎の空き時間、子どもたちの就寝後など隙間時間を見つけて勉強しました。
TOEICの模擬テストが2時間ほどかかるので、当時小5の長男に「今からこのテストを2時間やるから、静かにしていてもらえるかな? これはTOEICっていう英語のテストですごく難しいんだけど、ママは満点を狙いたいから」と、長男に宣言したんです。「頑張って! 僕も隣で宿題やってもいい?」と、長男は隣でうれしそうに宿題をやっていました。家事に育児にといつも走り回っている母親が、何か腰をすえて勉強しているぞ……という雰囲気が、彼にとって新鮮だったのかもしれません。
――そうしたら、満点を取れた……。
そうなんです。最初に長男に見せたら、「すごいじゃん!」と、ものすごく喜んでくれました。内容が何かは分かっていないと思いますが、満点という響きが効きました。彼の尊敬を勝ち取った瞬間でしたね(笑)。
それまで、「ママはいつでもそばにいるよという思いがあれば子どもたちは喜ぶだろう」と思っていたのですが、母親が頑張る姿を見せるのもいいのかもしれないと、考えが変わっていきました。
――TOEICが満点ということで、再就職はしやすかったのでしょうか。
それが……思いの外、希望する仕事に就くのは難しかったです。人材サービスに登録したのですが、TOEIC満点をアピールできる仕事は週5勤務のフルタイムばかり。私は、家事と仕事の両立だけでも挫折したことがあるのに、今度は子どもが二人いる。10年以上のブランクもある。こんな私がいきなりフルタイムでバリバリ働くなんて無理だと思いました。でも、「週3勤務、できれば時短で」という条件で探すと、TOEICは特に必要ない求人が並びます。
外資系企業でバリバリ働いている友人に「週3勤務で15~16時に帰りたいんだけど、どう思う?」と聞いたら、「あるわけないでしょ!」と笑われました。当時は「そりゃそうだよね」と自分でも思いましたけれど(笑)。なかなか希望の職には就けませんでした。
――そんな時に、今のサイボウズさんに出合ったんですね。
サイボウズで「キャリアママインターン」というプロジェクトが実施されると聞き、紹介してもらいました。2年前の6月のことです。その頃は転職活動にも疲れ、「もう、このまま専業主婦で生きていこうかな」と諦めていました。サイボウズという会社も知らないし、通勤に片道1時間弱もかかるので「圏外」でした。でも、1カ月だけのインターンだったら試してみてもいいかなと、軽い気持ちで説明会に行きました。
すぐその場で面接があり、「どれくらいの頻度だったら来られそうですか?」と聞かれて驚きました。正直に「朝は子どもが早く出掛けるので、毎日9時には来られる。ただ、夕方は習い事の送り迎えもあるので15時や16時に帰りたい」と伝えたら、「そうですか、曜日によって変えてもらって大丈夫ですよ」と言われてまた驚いて。そうして、週2日は15時、週3日は16時に帰宅するかたちで、1カ月限定で働き始めました。
1カ月のインターンが終わって感じた解放感と達成感
――16年ぶりの仕事とのこと……いかがでしたか。
最初は通勤電車に乗れる自信がなく、毎日通う体力があるか不安でした。甘えん坊な小4の次男が、学校から帰宅して私がいなくても大丈夫か心配で心配で……。でも、実際やってみたら、意外と大丈夫。一人で家に帰って「ただいま!」と私に電話をかけてきて、明るい感じでホッとしました。
仕事面では、驚くほど記憶力が衰えていましたが、PC操作などの基本的なことはすぐよみがえりました。ただ、久しぶりの会社勤め。体力を極限まで消耗して、私は週5で働くのが無理だと分かりました。週末には1週間分のおかずの作り置きをするなど、毎日きつかったですね。
――1カ月のインターンが終わって、どのような気持ちになりましたか?
1カ月やり切ったという達成感と終わったーという解放感がありました(笑)。そして、この後どうするかと悩みました。仕事を辞めれば早起きしなくていいし、満員電車にも乗らなくていい。でも思い返してみると、この働いた1カ月がとても充実していた。もうあの場所に行けなくなると思うと寂しくなって、正式に応募することにしたんです。
サイボウズは平均年齢が34.6歳と若い会社です。若い世代と仕事ができることが刺激的で新鮮でした。これまでの私は、よく長男が左手にずっとスマホを持っているのを叱っていましたが、いわゆるデジタルネイティブな世代と触れることで、そうか、これが当たり前の世代は発信力があって、こんなに素晴らしい仕事をする若者になるんだと、息子の少し先をいく世代をイメージできて、脳が活性化されました。
――そして無事に正式採用が決まったんですね。
はい。勤務時間については改めて相談しました。基本的には9時~17時で、週に1、2日は在宅勤務をしています。「学校で保護者会があるので午前中在宅にして、午後は半休」ということもありますね。専業主婦で16年間のブランクがあっても、こうして柔軟な働き方ができることに本当に感謝しています。
(ライター 西山美紀、写真 鈴木愛子)
[nikkei WOMAN Online 2018年5月28日付記事を再構成]
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