「体内に虫」妄想 患者は全米で9万人、難しい治療

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

人毛についたアタマジラミの卵を顕微鏡で見たところ(PHOTOGRAPH BY DARLYNE A. MURAWSKI)

体内に虫がいるという妄想に取りつかれる人は意外と多い。米国の総合病院メイヨー・クリニックが学術誌「JAMA Dermatology」に発表した論文によると10万人に約27人の米国人が寄生虫妄想にかかっていることが明らかになった。全米で8万9000人に相当する。これは寄生虫妄想に関する初めての集団ベースの研究だ。

こうした症状を持つ患者の多くが、自分の体に寄生しているのは昆虫あるいはダニであり、それらは非常に小さく、皮膚を噛んだり、這い回ったりしていると訴える。そのほか、ミミズのような生物やヒル、あるいは正体不明の寄生虫の存在を感じるという報告もある。

ある男性は、その虫には硬い殻があり、潰すとバリバリと音がするという。虫は自分の体内、とくに鼻や陰部の中を動き回っていると男性は訴える。当初、男性の家族は、そんなことはありえないとやんわりと本人に伝えたが、彼はいっそう頑なに同じことを言い募るばかりだった。

実際の「標本」を集めようと、男性は鼻にピンセットを突っ込んで組織や軟骨を引っ張り出し、しまいには鼻の隔壁に穴を開けてしまった。検査を何度繰り返しても虫を見つけられない医者たちはお手上げだった。

これは「寄生虫妄想」あるいは「モルゲロンズ病」という妄想の典型的な症状だ。寄生虫妄想の患者は、自分の体が何かに寄生されているという強力かつ誤った確信を抱く。

同様の症状に悩まされる患者の中には、昆虫学者の元を訪れる人が多い。だが、昆虫学者が彼らに伝えるのは、人間に寄生する節足動物はシラミとダニの2種類だけということだ。そのどちらもがたやすく特定でき、独特の症状を伴う。トコジラミやノミは家に潜むが、人の体や内部に住みつくことはない。また人間の皮膚に住みつくダニはいても、彼らはちょうど腸内に住む細菌のように、誰の体にもいるごくありふれた存在だ。

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絶望的な患者、治療拒否の傾向も