ゴビ砂漠から銘醸級ワイン輸入 元パリ駐在員の挑戦
今年1月、中国北西部に広がるゴビ砂漠のワイナリー、天塞酒庄(テンサイヴィンヤード)から、初めてワインが日本に向け出荷された。輸入を手がけるのは、石川県のインポーター、こあらや。「日本だけでなく国外への初めての輸出ということで、『ゴビ砂漠からワインが海外に出る』という証明書までもらいました」と社長の石川哲生さんは目を丸くする。
ワイナリーのあるエリアは、砂漠といっても、よくイメージするような砂丘のある風景ではなく、ごろごろとした石や砂に覆われた土地。そこに広がるワイナリーは、四方を赤茶けた山肌がむき出しになった山に囲まれている。映画のワンシーンを思わせる迫力ある風景だ。
砂漠でワイン作りというと不思議な気がするが、土壌には石灰分の多い石が大量に含まれ、適度なミネラル感のあるワインができる。また、天塞酒庄には周囲の山の伏流水が流れてくるので、その水でブドウが育つのだ。周辺には、同社のほかに10数ものワイナリーがあり中国でも注目の生産地らしい。冬には気温が氷点下数十度にまで下がるという厳しい自然環境だが、冬期はブドウの樹を砂で覆いダメージを防止するという。
石川さんが天塞酒庄のワインに出合ったのは、2016年11月。上海で開催されたワイン見本市「プロヴァイン・チャイナ」でのことだ。「中国ワインってこんなにおいしかったっけ」――各国のワインに混じって中国ワインのブースを見かけた石川さんは、同社のワインを飲んで驚いた。200~250のワイナリーがあるとも言われ、今や世界有数のワイン生産国である中国だが、輸入を手がけたいほどクオリティーが高いワインに出合ったことがなかったからだ。
「ところが、天塞酒庄のワインは、バランスのいい酸があって食事に合うフランスのワインそっくりでした。価格は安くないけれど、日本には中国料理のレストランがたくさんありますから、そうした店にぴったりではないかと輸入を決めたんです」
現在、こあらやは、天塞酒庄のほか、シルバーハイツという中国ワイナリーの製品を扱う。天塞酒庄は2010年に設立、シルバーハイツは2007年が初ビンテージとなる新しいワイナリーだ。ゴビ砂漠にある天塞酒庄も、寧夏回族自治区の賀蘭(がらん)山近くにあるシルバーハイツも、降水量が少なく昼夜の温度差が激しい高地という、ワイン作りに適した土地にある。
いずれも最新設備を導入するほか、天塞酒庄にはオーストラリア人の醸造コンサルタントがかかわり、シルバーハイツはフランスのボルドー大学で学びフランス国家認定醸造士の資格を取得した同社会長の娘エマ・ガオさんが醸造責任者。ガオさんは、ボルドーの名門ワイナリー、シャトー・カロン・セギュールで修業をした経験も持つ。故郷の寧夏回族自治区をワインの銘醸地に育てたいという父の夢を託されてのことだったそうだ。
ちなみに、ガオさんの夫は50年以上カロン・セギュールで醸造を担当してきた一家出身のフランス人。同社はカベルネ・ソービニヨンやメルローといった国際品種を中心にフランスから苗を輸入し栽培。一方、天塞酒庄はカベルネ・フランなどの国際品種のほか、砂地で特に育つというマセランという中国土着の品種を使ったワインも生産している。
今年4月、石川さんは2つのワイナリーのワインを、東京・恵比寿のウェスティンホテル東京に持ち込んだ。高級中国料理レストラン「広東料理 龍天門」を持つ同ホテルのスタッフに試飲してもらうためだ。その味と香りに試飲したソムリエをはじめとするスタッフは、一様に驚いたという。
「それぞれのワイナリーから何種類かの赤ワインをお持ちいただいたのですが、フランスの銘醸ワインを思わせるレベルだった」とウェスティンホテル東京料飲部長、石黒憲さんは評価する。
実は「龍天門」は今年2月にリニューアル。これに合わせ、「ほかのレストランと同じことをやっていては意味がない」と、石黒さんは日本では知られていないクオリティーの高い中国ワインをメニューに載せ、リニューアルの柱のひとつにしたいと考えていた。日本食に日本酒が合うように、中国料理にはその国の飲み物が一番合うだろうと思ったからだ。
「昨秋より探し始めたのですが、日本で手に入る中国ワインは少なく、これというクオリティーのものがなかった。航空会社のファーストクラスで出しているワインを飲んでも、ピンときませんでした」。そこに先の2つのワイナリーの製品と出合い、戦略にピタリとはまる。いずれのワインも、こあらやが扱う以外に日本に輸入されていないという、「レア」ワインであることも魅力的だった。
石黒さんが特においしいと思ったのは、シルバーハイツの「ファミリーリザーブ」。カベルネ・ソービニヨンを主体にメルローをブレンドした赤ワインだ。フレンチオークのたるで12カ月熟成させたもので、生産量は年間2万本と少ない。
「リッチで奥深く、どんな中華料理にも合う。赤ワインですが、特に面白いと思ったのが『龍天門』の看板料理の一つ『スジアラの強火蒸し 特製醤油』との組み合わせ。白身魚の料理に合わせるとは意外に思われるかもしれませんが、料理を食べワインを飲んだ後の余韻がすっときれいに続くんです」(石黒さん)。
現在、「龍天門」では、天塞酒庄のクオリティーワインのブランド「スカイライン・オブ・ゴビ」のうちカベルネ・フラン100パーセントのワインと、シルバーハイツの「ファミリーリザーブ」をボトルのほか、グラスでも出している。客の反応は上々で「リピートされるお客様もいる」(石黒さん)そうだ。
シルバーハイツと天塞酒庄のワインを試飲してみた。シルバーハイツは「ザ・サミット」、天塞酒庄はマセラン100パーセントのワインだ。「ザ・サミット」は、「ファミリーリザーブ」と同じカベルネ・ソービニヨンとメルローのブレンドだが、メルローの比率がより高い。「ザ・サミット」のコルクを抜くと途端に華やかな香りが部屋にぱあっと広がる。少し離れた場所にいた知人が「すごくいい香り」と声を上げたほどだ。
カベルネ・ソービニヨンの、特に若いワインは重たいというイメージがあったが、2014年というビンテージにかかわらず飲み口はすっきり。ウェスティンホテル東京で出しているものとは異なるものの、白身魚に合うというのも納得。
一方、天酒庄塞は、タンニンがしっかりとした重みのある香りがしたものの、重厚な味わいではなく色々な料理に合いやすそうだった。
実は石川さんは、元KDDフランス(現KDDIフランス)の技術者だ。第一級総合無線通信士と第一級陸上無線技術士という難関資格を持つ。同様の資格を持つ人は海上保安庁や豪華客船などの「船乗り」が多いというが、外国での生活に憧れていた石川さん。「船乗りだと1年のほとんどは船上での生活。それよりも、会社の駐在員として海外で働きたかった」と、専門学校卒業後、国際電信電話(現KDDI)への就職を決めた。
その石川さんが、どうしてワインの輸入を手がけるようになったのか。
きっかけは、20代半ばにインターネット関係の仕事のためパリの現地法人に転勤になったこと。もともとワインが好きで日本にいた頃は、1ケース(12本)買うと1280円のものが980円になった上、送料無料という手軽なフランスの赤ワインがお気に入りだった。それが、現地では日本で手が出なかったワインが驚くほど安い。「当時は独身でしたし、海外赴任手当が出るので生活に余裕がある。それで、ボルドーの赤ワインなどをどんどん買って飲むようになったんです」
もっとも、本当にワインに目覚めたのは、ボルドーに並ぶ銘醸地ブルゴーニュを訪れたときのこと。知人の結婚式に出席するために同地を訪れた石川さんはせっかくの機会だからと、素人でも訪問できるワイナリーを観光局に紹介してもらい、様々な生産者を訪れたのだ。
ブルゴーニュで生産されるのは、重厚な味わいのブドウ、カベルネ・ソービニヨンなどを主体としたボルドーの赤ワインとは異なる華やかな香りのピノノワールのワイン。「ピノノワールはそれまでにも飲んだことはあったのですが、おいしいと思わなかった。ところが、そこでレベルの高いワインに接して、ものすごくいいなと。それから、本格的にワインへの興味が広がり勉強するようになりました」(石川さん)。
人生の転機は2001年、会社から帰国辞令が出たときのことだ。目に浮かんだのは、毎日夜中まで仕事をしてくたくたになっていた東京での生活だった。あの日々には戻りたくない――。
そこで、石川さんは会社を辞め、まずは現地企業に転職。そして2004年、32歳のとき、パリにクルティエ(ワインの仲買人)の会社サガシテ トレーディングを設立、フランスとイタリアワインを日本の輸入業者に紹介する仕事を始める。畑違いの業界に飛び込むことに迷いはなかったのかと聞くと、「無線の資格を持っていたので、稼げなければ技術者としての働き口はあるだろうと考えていたんです」とひょうひょうと語る。
フランス在住の日本人クルティエは数えるほど。現地の会社だからこそ生産者に信用を得られる面があり、そのメリットを大きく生かしてワインを探し、業者に紹介する仕事は面白かった。
一方で、石川さんは2007年、故郷・金沢で日本国内のレストラン向けにワインの輸入販売をする事業を始めた。この会社、こあらやでは現在、関西を中心に400軒の飲食店と取引する。同社では、フランス、イタリアに限らず、「面白い」と思える新しい国のワインも積極的に開発しようと考えていた。そうした中、出合ったのが中国ワインだった。
「日本における中国ワインのパイオニアになりたい」と石川さんは将来を見据える。昨今は各国の料理をその地のワインに合わせる食のスタイルが注目されるようになっている。これからは中華料理を紹興酒ではなく中国ワインと共に楽しむスタイルが広がっていくかもしれない。
(フリーライター メレンダ千春)
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