卵黄だけ2回に分けて投入 パラパラチャーハンの苦闘
男のチャーハン道(3)
日本経済新聞出版社の新書、日経プレミアシリーズ『男のチャーハン道』からの第3回目。著者のパラパラチャーハンへの道は苦悩を極める。卵の調理方法で気付きが……。
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さていよいよ大詰め。これまでの知見を生かしたレシピを完成させるときだ。ただ、卵の 温度問題がなあ……。
そんなふうに悩んでいたとき、編集者から連絡が入った。実はだいぶ前に、「プロの料理人がチャーハンを作るときの温度を測定したい」と頼んでいたのだ。仕事の邪魔になるからなのか、なかなかOKしてくれる店が見つからなかったのだが、ようやく取材を受けてくれる店が現れたという。
具材を入れても230度以上をキープすればパラパラにできる らしいことを見つけ、確信を深めつつあった。そこで、プロが作業する温度をはかって確認したいと思ったのだ。
訪問したのは、上海出身のシェフ陸鳴さんが腕をふるう銀座の上海料理店「四季」 。チャーハンというと広東をイメージしがちだが、江南地方だって米どころ。上海でもチャーハンは普通に食べられているので、願ったりかなったりだ。
そんなわけでプロの厨房に入り、温度計をかまえてコンロの横に張りつく。業務用コンロの火力はすさまじい。そばにいるだけで熱さが伝わってくる。
広東鍋をコンロに置き、たっぷりの油で油慣らししたあと、大さじ2ほどの油を入れた。まずは卵を投入する。そのときの温度は272度だった。
思ったより低い。そしてひと呼吸(4秒)もおかず、2秒後にご飯を投入した。
このご飯は、家庭用の炊飯器を使い、目盛りどおりの水加減でごく普通に炊き、保温したもの。炊きたてを使わないが、保温時間は特に気にしていないということだ。私は午後4時ごろに訪れたので、もしランチのころに炊いたとしたら4~5時間ぐらいか。
私のようにわざわざ電子レンジで再加熱することはなかったが(業務用コンロなので当然だ)、ごく普通に炊いて保温したご飯を使うという点は同じだった。
さすが業務用コンロだ。卵とご飯を立て続けに投入しても、230度ぐらいまでにしか下がらない。温度が下がらないのだから、275度スタートで十分。私のように350度でスタートしておく必要はないということなのだ。
その後の炒めは強火ではなく中火。とはいえ、これは火力が強いからだろう。家庭用コンロの中火とは意味合いが違う。なぜなら、鍋の温度はずっとは230~270度ぐらいをキープしていたからだ。
逆にいえば、業務用コンロをもってすれば、もっと高い温度にすることはいくらでも可能なのに、「230度あれば十分」と考えているということだろう。私が見つけた「230~250度」という数字もあながち間違っていないとわかり、うれしかった。
中華おたまの一刀流。ご飯を激しく混ぜながら、ときおり中華おたまの底でつぶして平たくし、鍋をあおって飯粒を飛ばしている。鍋をあおるときだけ強火にしているのは、飯粒が宙を舞うと温度が下がるので、それを補っているのだ。
ご飯をある程度炒めたあと、細かく切った具を入れ、さらに混ぜたり、鍋をあおったりして完成。トータル2分19秒の作業だった。
中華ヘラは使っていなかったが、中華おたまでぎゅうぎゅう押しつけてはいた。
プロが作ったチャーハンの仕上がりは、まさにアツアツでパラッパラ、私は試行錯誤のすえにかなりパラパラを実現したと思っていたが、やはりプロにはかなわない。家庭用コンロと業務用コンロの能力差を思い知った。
このとき炒めたご飯の量は250グラムだという。プロなのでこの倍量を炒めることもで きるが、そうすると香ばしさがなく、ここまでパラッパラにはならない。このクオリティのパラパラ感を出すなら、上限は250グラムだそうだ。
業務用コンロですら250グラムが上限なら、家庭で250グラムは難しいだろう。私が上限だと感じていた230グラムという数字は、なかなかいい線をいっていたようだ。いずれにせよ、パラパラのチャーハンを食べたいなら、2人分をまとめて作るのはあきらめたほうがよさそうだ。
蛇足になるが、このチャーハンには、金華火腿(金華ハム)を刻んだものが入っていた。 その存在が、すばらしい風味をチャーハン全体に与えていた。
温度についても、ご飯の分量についても、ほぼ予想どおりだった。暗中模索で苦しんできただけに、自分がさほど間違ったことをしていないとわかり、ホッと胸をなで下した。
ただ、このときの私は「そうだったのか!どうしていままで気づかなかったんだ!」とくやしい思いでいっぱいだったのである。
実はこの中華料理店では、卵2個分の「黄身のみ」を使っていたのである(黄身と白身をざっくりと分けているため、厳密には黄身に少しの白身がまとわりついている)。9割弱が水分でできている白身を排除して、水分が5割弱で脂肪分が3.5割弱もある黄身だけを使うことで、焦げつきにくく、また水っぽくならないようにしていたのだ。このこともパラパラに大きく貢献しているはずだ。
自分で「白身の水分は多い」と思っていたのだが、どうしてこのことに気がつかなかったのか!加えていえば、カニチャーハンなど、白身だけで作るチャーハンの存在も知っていた。それなのに、「黄身だけ」という発想が生まれてこなかった。原稿を読み返しながら、歯噛みする思いになる。
黄身1個分の重さは20グラムほどだから、2個分なら40グラム程度。まとわりついた白身が数グラムあったとしても、全卵個(50~60グラム)より少なくなる。私は全卵1個では多すぎると感じていた。我が家の烏骨鶏卵の40グラムぐらいがちょうどいいので、この点でも理想的なのである。
さらにくやしいことに、シェフはこの黄身を2回に分けて入れていたのだ。このアイデアを、どうして自力で思いつけなかったのか。無念ではあるが、チャーハンジャングルのなかで迷い、混乱のきわみにあった私に思いつくことは、やっぱり難しかったと思う。ここは素直に陸さんに感謝したい。
いちばん最初に黄身の半分を入れる。直後にご飯を投入して1分ほど混ぜ合わせたあと、残り半分の黄身を、ご飯の上にかけるように入れる。陸さんは「一度目は、ご飯をパラパラにするため。二度目は、ご飯を黄金色にするため」と説明してくれたが、私たちにとってありがたいのは、2回に分ければ温度低下を抑えられることだ。
この店では272度でスタートしているわけで、業務用コンロにはまだまだ余裕がある。必ずしも温度低下を防ぐ目的で2回に分けたわけではないだろう。しかし、このテクニックは、火力の弱い家庭用コンロの強い味方になってくれる。
仕上がったチャーハンを口にしてみる。ご飯は、全卵を使ったときよりはるかに香ばしく、卵の味を濃厚に感じる。なによりパラパラ度が格段にアップした。うまい!
家族に味見をしてもらうと、やはり評判がいい。妻は「これまでで最高!」、小学生の娘は「すごいパラパラ!」といってくれた。思春期の息子は無言だったが、誰よりもたくさん、黙々と食べていた。
ここまでの原稿で、私はずっと「かなりパラパラ」「けっこうパラパラ」といった表現をしてきた。この本に取り組む以前に私が作っていたものと比べると、はるかにパラパラだと胸を張れる。とはいえ、まだまだお店で食べるものほどではないな――。そんな忸怩(じぐじ)たる思いがあったからである。
しかし、このチャーハンは「お店と遜色がない」と表現していいほど、圧倒的にパラッパラなのだ。私もようやく自信をもって「パラパラ」と書くことができる。「かなり」も「けっこう」もサヨウナラだ。
卵液を2回に分けて入れる作戦も効果的だったようだ。調子にのって「3回に分けたほうが、より温度低下が避けられるのではないか」と実験してみたが、すぐに黄身が固まってしまい、飯粒全体をうまくコーティングすることができなかった。
それにしても、全卵を黄身だけに置き換え、2回に分けて投入するだけで、ここまでパラパラ感が変わってくるものなのか。これは驚きだ。
卵のふわふわ感を比べれば、白身が入っているほうが上かもしれない。しかしながら、パラパラさと味の濃厚さを考えると、迷わず黄身オンリーを選択すべきだろう。
ちなみに、白身がないと卵が焦げつきにくいぶん、油を減らせるメリットもある。黄身だけにすると大さじ1でも鍋肌に張りつくことはなかった。
そこで油の量をまた大さじ1に戻したい。第3章ではご飯200グラムで実験しているので、230グラムの場合は油17ミリリットル強となる。ただ実際に試してみると、大さじ1でまったく問題なく炒められ、味もよく、また計量するのも楽なので、大さじ1のままでいきたい。さっぱりとおいしいヘルシーチャーハンが、試作に継ぐ試作で疲弊した胃にはうれしかった。
見事にパラリとしたチャーハンが完成した喜びと、あと一歩まで近づいていていながら、自分で見つけられなかったくやしさが、私のなかで交錯する。我が家のコンロで初めて作ることができたパラッパラのチャーハンは、実に複雑な味がした。
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次回は、いよいよ最終レシピを披露する。
ライター 1969年東京都生まれ。慶応大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集ののち寿退社。京都での主夫生活を経て、中米各国に滞在、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡島で半農生活を送りつつ、情報サイト・オールアバウトの「男の料理」ガイドを務め、雑誌等で書評の執筆を開始。現在は山梨に暮らしながら執筆活動を行うほか、小中学生の教育にも携わる。著書に『なんたって豚の角煮』『男のパスタ道』『男のハンバーグ道』『家飲みを極める』などがある
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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