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「吉本をクビになりかけた」 ケンコバ流生き残り術 編集委員 小林明

2018/7/6

「NSC入学時から自分には自信があった」というケンコバさん

人気お笑い芸人のケンドーコバヤシ(ケンコバ)さん(46)。「学校ではカリスマ性のあるスターだった」という少年時代を経て、高校を卒業するとNSC(吉本総合芸能学院)に第11期生として入学。お笑い芸人として活動を始める。インタビュー最終回となる今回は競争の激しいお笑い界でのサバイバル術や生きざま、さらに自身のライフスタイルや結婚観などについて語ってもらった。

■NSC時代からあった自信、人生を考え始めたのは30歳代から

――1992年にNSCに入学します。どんな雰囲気でしたか。

「同期には陣内智則、中川家、たむらけんじ、ユウキロックらがいましたが、回りを見渡しても自分には自信がありましたね。『自分の方が面白い』『行けそうだ』という感覚はなんとなく持っていましたから。ただ『それだけで生き残れる世界でもないだろう』ということはよく分かっていたので、『芸人なんて、いつまでできるんだろうか』と半ば冷めた感じで若手時代を過ごしてました。『まあ、行けるところまで行ってみて、もしダメだったら、諦めて肉体労働でも何でもしながら食っていこう』と割り切っていた。だから、人生について真剣に考えるようになったのは30歳代に入ってからです」

――『松口VSコバヤシ』『モストデンジャラスコンビ』などコンビの結成、解散を繰り返しますね。

NSC同期の村越周司(左)と組んだ「モストデンジャラスコンビ」

「はい、そうです。『松口VSコバヤシ』は同期のユウキロック(松口祐樹)、『モストデンジャラスコンビ』は同期の村越周司と組んだコンビ。突っ込みにプロレス技を取り入れたり、シュールな変態コントをしたり、特殊な芸風でした。結局、どちらも解散してしまったのは相方との欲望の度合いが食い違ったからです。若手芸人ならば『1秒でも早く売れたい』と思うのが本音でしょう。でも僕は『ダメならダメで仕方がない』という冷めたスタンスだった。相方からすると僕のそういうあたりが嫌だったんだと思います。それで『モストデンジャラスコンビ』を解散した後、ピン芸人として活動を始めたんです」

■心に残る月亭八方師匠の言葉、「実力者が運を拾うしかない」

――ピン芸人として手応えはどうでしたか。

「『もう、後戻りできる年齢ではない。やるしかない』と覚悟を決めました。これは月亭八方師匠の言葉ですが、『お笑い界で売れるためには、まずは本人に実力があるのが最低条件。そいつがさらに頑張って、運を拾うしかない』って言うんです。確かにそうだと思います。どんなに実力があっても、お笑いを辞めてゆく人間は掃いて捨てるほどいる。でも、実力がなく、運だけで勝ち残っていけるほど甘い世界ではない。それは今でも心に残っている言葉です。そう考えると、僕は運はつくづく良かった方だなと思います」

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