クラシコこそが至高 フィレンツェ、スーツ職人の矜持
はやり廃りが激しいファッションの世界。その中心のひとつ、イタリア中部の古都、フィレンツェにトレンドとは一線を画し、スーツ作りにいそしむサルト(仕立て職人)がいる。頑(かたく)なに伝統的なスタイル(クラシコ)にこだわるジャンニ・セミナーラさん(63)だ。
ジャンニさんが営む「サルトリア・セミナーラ」は、フィレンツェのシンボル「ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)」の裏手にある。表に看板が出ているわけでもなく、古めかしい建物の一室が店舗兼工房だ。
創業は1957年。イタリア半島の「つま先」部分にあたるカラブリア州出身の父親が、フィレンツェでサルトリア(仕立屋)を始めた。ジャンニさんは2代目で、サルト歴は30年近い。アシスタントに一部、作業を手伝ってもらってはいるが、カッティングやフィッティングなど大半の作業は一人でこなす。
■仕立てられるスーツは、せいぜい年間80着
仕立てるのは基本、スーツのみ。朝8時半から作業を始める。縫い込み作業に要する時間は上着で50時間、パンツが20時間。だから「年間でできるスーツはせいぜい80着」(ジャンニさん)。近年はイタリアだけでなく、海外の顧客も増えている。ジャンニさんは東京と大阪で年2回、オーダー会を開いていることもあり、日本人の顧客も抱える。
店には父親が集めた1920年代当時のイギリスのファッションカタログ類が資料として残る。ジャンニさんの仕立ての流儀はそんな資料に準じた「流行に左右されない伝統スタイル」。ワキを絞り、シルエットは美しく均整のとれたフォルム――。父親の代から変わらず引き継いできたものに他ならない。
「はやりのデザインで」と注文してくる客には、ダメと説き伏せる。ジャンニさんにとって「スーツは二番目の皮膚であり、その人自身の中身を表現するもの」。格好いいと思って着るのは、自分自身への裏切りで、間違い、と断じる。
「3年もしたら、流行なんてものは廃れる。クラシックなスタイルなら長年、着続けることができ、仮に流行遅れであっても少なくとも周囲には、上質なスーツを着ている人、と映るはず」とジャンニさんは指摘する。
■流行とは、私と一線を画すもの
ファッションと流行の関係について聞くと、明快な答えが返ってきた。「流行とは大手ブランドが標榜しているものにすぎず、私とは一線を画すもの」と。
互いのコミュニケーションや信頼関係の中で、ぴったりのスーツを作り上げていく。それが「サルトリアの魅力」(ジャンニさん)だ。しかし最近では、後継者不足などもあり、ファッション大国イタリアといえど、サルトリアが減少傾向にあるという。
「フィレンツェでも今では5軒くらいしかなくなった」。ジャンニさんの元へ修業にくる若手もいるが、一針一針の単純作業のせいか、途中でやめていく人も少なくない。高齢化や、それに伴う技術水準の維持・向上が喫緊の課題なのはサルトの世界も例外ではない。
(堀威彦)
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