2018/7/4

インバウンド最前線

松林庵は木造2階建てで、延床面積は約160平方メートル。国宝の金堂、重要文化財の五重塔などから少し離れた場所にあり、ここ数年は空き家だった。住友林業グループと組み、家屋の耐震補強や内部を改修。庭園も整備した。総工費は約1億5700万円。

5月に宿泊者を受け入れた。宿泊できるのは1日1組で、宿泊者は歴代の住職が執務室として使う「御殿」も一晩貸し切ることができる。食事は別。宿泊者が希望すれば、雅楽鑑賞や生け花といった日本ならではの体験も楽しめる。

仁和寺は平安時代の888年、宇多天皇が創建した。その後も退位した天皇などの皇族が、代々の住職を務めてきた由緒ある寺院だ。しかし、伝統に安住できるほど環境は甘くない。

宿坊の内部。床の間は季節に合わせた花や掛け軸で飾る

真言宗の一派の総本山として全国にある約800の寺を統括するものの、仁和寺には多くの寺院を支える檀家がない。主な収入源は拝観料。その屋台骨の拝観料が減少の一途をたどっている。

2012年に約34万人だった拝観者数は、17年には約25万人と3割減った。観光客に人気の高い「観音堂」の解体工事を進めている影響もある。大石隆淳財務部長は「文化財の保存修復に十分回せる余裕がない」と危機感をあらわにする。

宿泊事業を始めたのは「先人たちが守ってきた仁和寺の建築物などを含む文化を100~200年先に伝えるため」(大石氏)。健全経営には年間30万人程度の拝観者数が必要で「新しい取り組みで知名度を高め、財政を健全化する」という。

仁和寺と同じ世界遺産の下鴨神社も財政難から敷地内に高級マンションを建設した。清水寺や金閣寺、伏見稲荷大社など訪日外国人に人気の寺院や神社は観光客であふれているが、同じ京都でもブームに乗れない寺社は少なくない。

公益法人日本宗教連盟の理事で、国学院大学の石井研士教授は「修復費や人件費が高騰しており、世界遺産でも財政状況の厳しい寺社もあるのではないか」と話す。

訪日客需要などの追い風を取り込み、伝統を次の時代につなぐ21世紀型の寺社のモデルをどう構築するか。ただ、宗教法人は公益性などを理由にして、非収益事業は非課税で、お金の動きを示す収支報告書は不透明という指摘もある。伝統を守りながら、思い切った取り組みを打ち出す「温故知新」の姿勢が今こそ求められている。

(鎌田倫子)

[日経MJ2018年6月25日付]