山田和樹 マーラーの次は約200カ国の国歌に挑戦

CDを聴くと、欧州諸国を中心に、行進曲のリズムでトランペットが高らかと鳴るような、気分を高揚させる国歌が多いことが分かる。ベルリオーズ編曲の「ラ・マルセイエーズ」が典型だ。しかし山田氏は「軍楽調で『武器を取れ』みたいな国歌は世界的にはむしろ少ないほうだ」と言う。

日本の五音音階による独創的な「君が代」

世界で最も独創的な国歌として山田氏は日本の「君が代」を挙げる。「あのテンポ感、たゆたう感じを持つ国歌は『君が代』のほかにはない。日本の五音音階でできている。特にリズムを付けず、ゆったりした感じの五音音階の曲はかなり独創的だ」。歌詞の起源は905年(延喜5年)の醍醐天皇の詔により紀貫之らが編さんした「古今和歌集」の読み人しらずの賀歌。国歌の歌詞では世界最古といわれる。

コモロ連合の国歌をレコーディングする指揮者の山田和樹氏と東京混声合唱団(東京都文京区のキングレコード関口台スタジオ)

「五音音階の国歌はほかに無いわけではないが、アジア諸国でもわりと西洋的な国歌が多い。自分が日本人だから感じ入ってしまうのかもしれないが、『君が代』は客観的にいっても、世界の人々にかなり独創的に聴こえるのではないか」と山田氏は分析する。演奏についても「日本人だから日本語の歌が簡単なわけではない。むしろ日本人だからこそ『君が代』が最も難しい」。合唱曲で定評のある作曲家、信長貴富氏の編曲によるアカペラ版にも取り組み、世界に向けて「君が代」の素晴らしさを伝えたい考えだ。

山田氏は新たな発見としてコモロ連合の国歌を挙げる。アフリカ大陸の東海岸とマダガスカル島北部に挟まれたインド洋にある島国だ。1975年にフランスから独立し、人口約80万人。首都モロニ。「原始的なパワーがあり、美しいハーモニーも付いていて感動する。単純なメロディーだけど独特なものがある」と山田氏は指摘する。

4月12日、キングレコード関口台スタジオ(東京・文京)を訪ねると、山田氏が東混を指揮してちょうどコモロ連合の国歌を録音するところだった。全員がヘッドホンをかぶり、何度も歌い直しては発音を修正していく。「コモロ語という言語です」と東混コンサートマスターでバリトンの徳永祐一氏は説明する。「辞書を入手できない言語もある。歌っている動画をインターネットで調べ、見て聴いて確かめる。大使館の人にチェックしてもらったりして少しずつ歌えるようになっていく」。珍しい言語を歌いこなすこともこの企画のカギを握る。

それにしても、山田氏が国歌企画に取り組む前に全力を注いだのが、国歌や国家という概念に疎外感を抱いていたユダヤ人作曲家グスタフ・マーラー(1860~1911年)の交響曲シリーズ公演だったのも感慨深い。「オーストリアではボヘミア人、ドイツではオーストリア人、世界ではユダヤ人」と三重のアウトサイダー意識を持っていたマーラー。その境遇は不条理や疎外を扱った作家フランツ・カフカと同じだ。

エンタメ!連載記事一覧
エンタメ!連載記事一覧