部下から「ついていけない」 挫折バネに銀行改革ジャパンネット銀行 田鎖智人社長

なぜ、ここまで対話やフィードバックにこだわるのか。それは、若い頃の自分の働き方に対して、痛切な反省があるからだ。

「ついていけない」部下の声にショック

ヤフー時代の失敗が大きな教訓になったと語る

田鎖氏は新卒で日本信販(現・三菱UFJニコス)に入社。勉強熱心でハードワークもいとわず仕事に取り組み、入社後数年で精鋭が集まる企画部門に抜てき。インターネットの普及を受け、電子マネー事業の立ち上げに携わる。同僚からは「この会社にいれば一生安泰だね」とまで言われた。田鎖氏本人もネット市場の大きな可能性に魅了され、この分野を極めたいと一層業務に励んだ。

ところがある日、上司から「君の次の部署は人事、その次は支店長だから」とあっさり言われてしまう。それがエリートコースといわれていたが、田鎖氏はネット分野の仕事を続けたかった。ちょうどその頃、ヤフーが金融分野に詳しい人材を求めていたこともあり、「とにかく、やりたいことをやりたい」と転職を決断する。

ヤフーに入社すると、ハードワークに拍車がかかった。夜中の3時まで仕事をして、会社近くのスパ(温泉施設)でシャワーを浴び、始発で帰宅して着替えて出社するようなこともあった。「もちろん今はヤフーでもそんな働き方はしませんが、当時はやりたいことがやれるのでストレスもなく、楽しく仕事ができた」

当時、ヤフーは事業拡大の真っ最中。上層部から下りてくる目標を達成するため、「最短距離をどう走るかばかり考えていた」。課長、部長と昇格すると、部下にも同様の仕事の仕方を求めた。中途採用がほとんどだったため、「みんな自分と同様、プロフェッショナルとしてやりたいことをやるために来たと思い込んでいた」。そこに落とし穴があった。

ヤフーには、異なる部署の部長が部下と面談する「ななめ会議」という制度がある。直属の上司には言えないことを言いやすくする狙いだが、そこで、自分が思い描いていたのとは全く違う部下の意見が噴出したのだ。「仕事を教えてくれない」「上司についていけない」「何のために仕事をしているのかわからない」……。

初めての大きな挫折だった。「一つ一つのプロジェクトは達成していたが、永続的な生き物としての組織がつくれていなかった」。10年ほど前のことだ。それ以来、自分の仕事のやり方について、上司、同僚、部下、取引先など、できるだけ多面的なフィードバックをもらうように努めてきた。