悩まず相談して「ノー」 セクハラ根絶へできること
有識者2人に聞く
政府が12日に出した「女性活躍加速のための重点方針」の柱にセクハラ根絶対策の推進が盛り込まれた。日本経済新聞社が6月上旬にインターネットで働く女性らに緊急調査したところ「セクハラは減ると思わない」が4割と依然高かった。根絶には社会全体の意識改革が急務だが、女性自身も自ら行動できることがある。社会学者で詩人の水無田気流さんと外資系企業の経営幹部で、多様な人材の活躍を支援するNPO法人GEWEL(ジュエル、東京・品川)のアドバイザリーボード主席のアキレス美知子さんに話してもらった。(文中敬称略)
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部下の不満に気づこう 水無田気流氏
水無田 私も独自に職場のダイバーシティ(人材の多様性)について調査しており、健全な職場環境や働く人の仕事への意欲を大幅に下げかねないセクハラ問題について尋ねている。やはり根絶は難しいという結果になりそうだ。
一因には日本の雇用流動性の低さがある。社員は仲間意識の強いメンバーシップ型の「会社村」の住人。同じ会社で継続雇用される方が収入も上がるため、欧米のように転職して収入が上がっていくような強者(つわもの)は限られる。村八分を恐れるあまり、沈黙を選ぶことも少なくない。セクハラ問題は根深く、相対的な女性の地位の低さも絡み合っていると思う。
アキレス 女性自身ができることもある。まずは日ごろの防衛策。例えば「宴席は1次会のみ。人数が絞られる2次会は行かない」など自分なりのルールを決めておくといい。飲み会でのお酌についても、若い女性がやってしまうと、そういう役割だと思い込まれる危険性がある。「私、しないので」と表明していい。
随分前だが、会食の席で店の人が私の前にばかり料理を置いていく場面があった。女性は私1人。料理の取り分け役を期待されてのことだ。違和感を覚えながらやろうとすると、上司が察知し「無理しないでいい」と言ってくれた。すると周りの男性たちが「やります」と動いた。上司の一言が無ければ「女性=取り分け役」が根付いていただろう。上司や周囲が「違和感」に気づくことも大切だ。
水無田 私は「ヒラメカレイ型管理職」と呼んでいるが、上しか見ないで下の者の不満に気づかない上司では、今後人材管理に行き詰まる懸念がある。女性や外国人ら多様な人が職場に増えると、男性中心の均質な職場で通用した「お前もいずれ行く道だから背中をみて学べ」は通じなくなる。私の調査でも責任を下に押しつけるなど理不尽な上司に部下は厳しい。ダイバーシティマネジメントでは、部下に対する甘えが許されない。ハラスメントについても、合理的に裁ける能力が今以上に必要となる。
自分の価値は仕事で示す アキレス美知子氏
アキレス 同感だ。ダイバーシティマネジメントの基本は3つ。相手に対する尊重(Respect)、相手の立場でものをみる想像力(Empathy)、ぶれない誠実さ(Integrity)だ。働く女性自身についていえば、気遣いなど、いわゆる「女子力」ではなく「自分の価値は仕事で示す」を実践してほしい。それには若いうちから一生懸命仕事に取り組み「市場価値の高い人財」になることだろう。
水無田 現状では、出世の階段は圧倒的に男性に開かれている。課長職20%割合の達成は、男性の場合だと同じ会社に勤め続けて11~15年以内だが、女性は30年以上という統計もある。しかも同じ職位の男女で比べると、女性の方が男性以上に日常的な長時間労働が出世要件になっているとの指摘もある。この差はとても大きいように思う。
さらに気になることがある。亡くなった電通の若い女性社員は「女子力が低い」と相当に上司から批判されていたという。そんなことがビジネス上のスキルと等価に批判されるような状況がまだある。懸命に仕事をすることで跳ね返そうとして力尽きてしまうのは深刻な問題だ。だが、ハラスメントだと主張する一歩がなかなか踏み出せない。
アキレス セクハラだと感じることを受けたとき、ポイントは3つある。まずは1人で悩まないこと。公的な相談窓口もあり、電話1本で相談できる。次にノーを言う意思表示だ。なぜ相談が先かといえばセクハラかどうか判断がつかないことも多いからだ。相談すれば、専門的な知識を持った人が助言もくれる。その結果、笑って受け流すといった処世術ではなく、確信を持ってノーといえる。3つ目は一連の経緯について記録に残しておくことだ。
以前、コンプライアンスを担当した際、学んだことがある。それはコンプライアンスとは単なる法令順守ではなく環境変化への適切な対応だということ。企業は、健全な職場づくりのためには、法令違反でなくても、社会一般からみて「おかしい」とされることには対応する必要がある。
水無田 健全な対応ができるようになった先に、創造的な未来がある。それは、職場だけでなく家庭や地域社会でも、性別を問わず人間として幸福に協業していく未来だと思う。
広がる「♯MeToo」、前財務次官辞任……社会に動き、被害は減るか
セクハラ被害を告発するキャンペーン「#MeToo(私も)」運動の世界的な広がりや、セクハラ疑惑による前財務次官の辞任など、最近の一連の動きを機に職場などのセクハラ被害は減るのだろうか。
女性たちの実感を日経ウーマノミクス・プロジェクトの会員に聞いた。結果は、減ると「思わない」が41.4%で最多で、「わからない」は21.9%だった。懐疑的に感じている人が多いようだ。
その理由をみると、減ると「思わない」人らからは、「根底にある女性蔑視が根強いから」(総務・人事、38歳)など諦めの声も。
「セクハラ防止に向けて思うこと」(複数回答)を聞いたところ、「国や職場がどんな取り組みをしてもセクハラ被害はなくならないと思う」が41.1%に上った。一方で「管理職や役員の女性比率が高まれば被害は減る」は47.4%で女性活躍推進が職場環境を改善する可能性もある。
ただ実際は「女性の管理職がいない」(企画・調査・マーケティング、31歳)という人が多い。女性役員や管理職らがいても、セクハラ関連で相談をしたら「社会の暗黙のルールだといわれた」(同、32歳)など否定的な対応をされた人が全体で16.6%いた。今以上に女性が少数派で、男性社会で働くため、セクハラを我慢することを強いられた世代との意識差を解消する必要もありそうだ。
調査は6月5~7日にサイトで実施。回答者は302人の女性で会社員・公務員らが87.1%を占めた。
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政府、騒動受け緊急対策 罰則含む法整備は見送り
政府の「すべての女性が輝く社会づくり本部」(本部長・安倍晋三首相)は12日、前財務次官によるセクハラ問題を受けた緊急対策を決定。各府省庁の幹部職員にセクハラ防止研修を義務付けるなどだ。また「女性活躍加速のための重点方針2018」ではセクハラ根絶に向けた対策を進めることが初めて柱となった。
だが、罰則を含めた法整備は見送られ、企業に相談窓口整備などの措置義務を課した07年施行の改正男女雇用機会均等法の徹底を再確認したにすぎない印象がある。すなわち、再確認が必要なほど現状は課題が多いということだろう。意識改革は簡単ではないが、誰もが安心して働ける職場環境は企業に不可欠。今は問題がなくても他人事で終わらせてはならない。
(女性面編集長 佐々木玲子)
[日本経済新聞朝刊2018年6月18日付]
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