天満屋徳さんと2018年の受賞酒 左から全国新酒鑑評会金賞の「菊 大吟醸」、IWC金メダルを受賞した「七水55 純米吟醸」「菊 純米大吟醸~栃木の紅菊」「菊 純米大吟醸」

IWCに出品した銘柄の一つ、「菊 純米大吟醸~栃木の紅菊」は栃木県で開発されたコメと酵母で造った。1975年生まれの杜氏(とうじ:酒蔵の製造責任者)、天満屋徳さんは「オール栃木を意識した」と話す。栃木県農業試験場は2000年代半ばから独自に酒米を開発してきた。その過程で、虎屋本店は3年前から試験醸造に協力、酒米についてのデータを開発チームにフィードバックした。

そんな縁が金メダル酒を生んだ。「吟醸らしいうま味と甘みが備わり嫌みがない。(代表的な酒米の)山田錦に替わる原料米として期待している」と天満屋さん。その酒米は今年2月、「夢ささら」として品種登録され、本格的に作付けが始まっている。

酒の香味は酵母が決め手を握る。酵母は酒造りの過程で糖からアルコールを作り出す微生物。酵母が糖を食べることでアルコール発酵が起こる。公益財団法人日本醸造協会が頒布する酵母は協会系と呼ばれる。自治体の試験場や民間企業が開発したものもある。このところ醸造家の人気は香りが強いタイプに集中している。数ある酵母から何を選ぶかは杜氏の腕の見せどころだ。「栃木の紅菊」には栃木県産の2種類の酵母をブレンドして使った。

酒の元となる「酒母」はこの小さなスペースで作られる

酵母選びには、天満屋さんの造り手としての誇りや酒に込めるメッセージ、流儀が凝縮されている。やはりIWCに出品した「七水55 純米吟醸」も栃木県産の2種類の酵母をブレンドして造った。その2種類は「香りと味わいの要素をどちらも感じられる配合にした」という。

「毎日晩酌して飽きない味を演出するには香りばかりが強調されてもいけない」と天満屋さんは考える。今回の「七水55」は味わいの要素を持つ酵母を入れ替えた。出品予定銘柄の酵母を変更するのは多少の勇気を必要とするのだろう。しかし天満屋さんは「9年間、杜氏を務める中で酵母の特徴は大体つかめた」と胸を張る。

もう一つのIWC出品銘柄「菊 純米大吟醸」で使ったのは協会系の「きょうかい1901」と呼ばれる酵母。鑑評会で高い評価を受け、醸造家に人気のある酵母「きょうかい1801」に比べて、「よりワイルドで味わいがしっかり出ると思い1901を使った」と天満屋さん。「よその蔵と同じようなものは造りたくない」と笑う。

天満屋さんは商社マンを経て2003年、酒造りの現場に飛び込んだ。商売よりものづくりに魅力を感じたからだ。醸造学の知識も実務経験もなく、当時の杜氏にイロハから教わった。虎屋本店で50年間、杜氏を務めた師匠は妥協を許さず、「指導は厳しかった」(天満屋さん)。それでも小さな蔵だったのが幸いし、一挙手一投足を間近で見て酒造りの要諦を会得していった。

もっとも、天満屋さんの酒造りは、この師匠とはひと味違う。「古い得意先からは、味が変わった、という声も人づてに聞こえてくる」(天満屋さん)という。変化の裏には、もう1人の師匠の存在がある。