室伏広治さん 金メダルの集中力培う3つの思考習慣
元ハンマー投げ選手の室伏広治さんに聞く(上)
2004年のアテネ五輪で金メダル、2012年のロンドン五輪では銅メダル、2011年に韓国のテグで行われた陸上の世界選手権では36歳という大会史上男子最年長での金メダルを獲得した、陸上界のレジェンド・室伏広治さん。四半世紀にわたり、第一線で結果を出し続けた理由の一つに「集中力」を挙げる。集中力を高め、維持し続けるために室伏さんはどうやってきたのか。ビジネスパーソンへのアドバイスを含め、お話しいただいた。
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現在私は、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクターとして、国際競技団体(IF)、国内競技団体(NF)、国際オリンピック委員会(IOC)などとの調整役を担うとともに、東京医科歯科大学でアスリートをサポートするプログラムや、研究活動に取り組んでいます。
日々を過ごす中で、どの仕事にも精力的に取り組めているのは、現役時代に培った「集中力」がとても役立っていると思います。集中力を高めて維持し続けるためには、いくつかの心がけが大事です。私が日々意識している3つのポイントを挙げてみたいと思います。
仕事の価値は自分でつくる
1つ目は「やりがいを持つ」、あるいは「やりがいをつくる」ことです。集中力を持続させるためには、これが一番大事だと思います。トレーニングでも仕事でも、ただこなしているだけでは集中できません。
「単調なトレーニングだから、つまらない仕事だから集中力が湧かない」という人もいますが、トレーニングや仕事の価値は自分自身で決めるものです。つまり、どのような内容でも、自分なりのこだわりや目標を持って取り組めば、トレーニングや仕事は価値あるものに変わるはずです。こうしたことを意識できる人は、どんな内容でも、やりがいを持って取り組み、集中しやすくなります。
2つ目は、「人に必要とされる人」「人から応援される人」になるように日々努めることです。スポーツ選手のインタビューで「ファンの皆さんの応援が力になった」というコメントをよく耳にすると思いますが、あれは本心であり、事実です。
私自身、2011年の陸上世界選手権テグ大会で金メダルをとれたのも、2012年のロンドン五輪で銅メダルを獲得できたのも、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の皆さんや子どもたちと交流を続ける中、「メダル獲得」を約束し、多くの声援をいただいたからこそ。そのことが競技への意欲を高め、メダル獲得という結果につながる原動力になりました。
職場でも、自分の仕事がお客様はもちろん、チームや組織の仲間の役に立っていると思えれば、喜びや達成感を得ることができ、モチベーションがアップして集中して取り組めるはずです。
3つ目は、「多面的な視点を持つ」ことです。単調な考え方しかできないと飽きやすくなります。同じ仕事でも、次はこういうやり方でやってみようなどと多面的に考えられれば工夫もできますし、飽きにくくなるでしょう。
私も現役時代、赤ん坊の動きをヒントに新しいトレーニングを考えて実践するなど、常にあらゆる視点から考えるようにしていました。すると、トレーニングが単調になることなく、集中して取り組むことができました。もちろん、結果につなげるのが一番の目的ですが、こうした工夫が、何十年も第一線で競技を続けられた一因にもなったと思います。
多面的な視点を持つには、好奇心を大切にし、日ごろからいろいろな人の意見に耳を傾けることが大事だと思います。私も現役時代は、自分とは意見が違う人や、異なる競技の人からも積極的に話を聞くようにしていました。すると、自分にはなかった視点を得られます。スポーツ以外の分野の方からの話にも耳を傾けるようにしていましたし、専門家からより深く聞くことも大切にしていました。
視野を広げるという意味では、グローバルな視点を持つことも大事だと思います。例えば、「このトレーニングは海外では、あるいは別のカルチャーではどのように捉えられているか」といった視点を持てれば、思考の幅はぐんと広がります。
また、私の場合、競技だけに専念するような生活ではなく、大学で研究したり学生に教えたりしていましたが、そうした経験も、逆に競技に集中しやすくなった一因だと思います。
自分が求める感覚を大切に
こうした意識の持ち方のほか、集中力を高めて維持し続けるには、心身ともに健康であることは外せません。それには、日々の体調管理が大事になります。「栄養」「運動」「睡眠」を生活の中にどのようにバランスよく取り入れ、心身ともにリカバリーしていくかが大事になるでしょう。
まず栄養でいえば、私の場合、ハンマー投げの選手であった現役中は、やはり高たんぱく質を意識して食事をしていました。特に、筋肉に大きな負担がかかる激しいトレーニングをした時は、必須アミノ酸[注1]をバランスよく含み、筋肉の材料をしっかり補給できる動物性たんぱく質を積極的にとっていました。朝昼晩、赤身のステーキを食べるなどして1日1kg近く食べたこともあります。
ただ、基本的に朝食には必ず魚を食べていました。魚にはEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)など、人の体内ではつくることができない必須脂肪酸の一種が含まれていますから[注2]。ただ、食べていた理由は、何よりも魚が好きだったからです(笑)。
[注1]たんぱく質合成に必要な約20種のアミノ酸のうち体内でつくれないため食べ物からとる必要がある9種のアミノ酸のこと。
[注2]EPAやDHAは体内で合成できないα-リノレン酸から代謝されてできるため、広義では必須脂肪酸といえる。
私は静岡県沼津市出身で、幼い頃から魚が食卓に出てくる環境でした。ですから現役中は、冷凍庫にたくさん保存していたアジの開きなどを焼いて食べていましたね。米国で活動している時も、スーパーで買ってきて自分で焼いていました。こんなに手軽に調理できて体にいいファストフードはないと思います。
野菜や果物も好きで、これも欠かさずとっていました。中でも毎日食べても飽きないぐらい好物なのがトマトで、ナイフでランダムにそぎ落として、レモン1個分の搾り汁と塩をかけて食べていました。そして、残ったレモン汁はそのまま飲み干します。
トマトは水分やミネラルがとれますし、粘膜などの正常な働きを助け風邪などにかかりにくくするビタミンAの材料であるβ-カロテンも摂取でき、リコピンによる抗酸化作用もある。レモンはビタミンCが豊富です。でも、やっぱり自分が好きなものだから、食べ続けられたのだと思います。
競技生活の終盤は、米国の栄養学専門の先生に内臓にいいレシピなどを教えてもらって、野菜や果物を「バイタミックス(Vitamix)」のミキサーでコールドプレスジュース[注3]にして飲んでいました。こうしたジュースにすれば栄養素を吸収しやすくなります。
ただ、ミキサーだけに頼り切るのではなく、やはり野菜や果物そのものを歯でちゃんとかんで、食物繊維をとり、唾液を出したり胃で消化したりするという本来の食べ方も大事だと思います。食べることで消化器も日々トレーニングすることが必要でしょう。
アスリートにとって食べることは仕事です。でも、「この栄養素をとらなければいけない」と義務のように食べ続けるのは、ストレスになるだけで継続しにくい。本来食事は、ただ家畜のように腹を満たすだけではなく、楽しい時間であるものです。必要な栄養素を含む食べ物の中から、好きなものを見つけることが、習慣化するコツにもなるでしょう。本当に自分の体が欲しているもの、必要なものは何かを見つけることも、トレーニングの一つだと思いますね。
会議前のランチでは炭水化物を控えめに
集中力を高めるには、食べ方も意識しなければいけません。例えば、ビジネスパーソンであれば、午後イチの会議で集中できるようにランチには何をとればいいかと考えることは大事でしょう。
ラーメンとライスなど炭水化物を多く摂取するランチセットを選んだり、お菓子やジュースで空腹を満たしたりすれば、当然一気に血糖値が上がり、眠気が襲って集中できなくなります。であれば、どんな食事をどれくらい食べれば集中しやすくなるのかと調べて実験するなど、自分にとってベストな食事を見つけていくことが大事になります。
夏バテで食欲がないときも、やる気や集中力は低下しますから、小分けにして食べる回数を増やしたり、疲労回復が期待できるビタミンB1を摂取するような食事を選んだりすることは大事になります。夏野菜、果物から水分とミネラルを補給したり、冷たい飲み物を控えて消化吸収機能を低下させないようにしたりすることも意識するといいでしょう。こうした心がけも、仕事に集中するためには欠かせない要素だと思います。
(次回に続く)
[注3]「低温低圧圧縮方式」という製法で搾り出したジュースで、食材の持つビタミンや酵素を損なわずに摂取できる
(ライター 高島三幸、カメラマン 鈴木愛子)
元男子ハンマー投げ選手。1974年生まれ。現役中の2008年に中京大学大学院修了後、博士号(体育学)取得。中京大学准教授を経て、2014年東京医科歯科大学教授。2001年世界陸上エドモントン大会で銀メダル、2004年アテネ五輪で金メダル、2011年世界陸上テグ大会で金メダル、ロンドン五輪では銅メダルを獲得。4大会連続で五輪に出場。日本陸上競技選手権大会20連覇。自己最高記録は2003年6月プラハ国際で記録した84m86(アジア記録、世界歴代4位)。著書に『ゾーンの入り方』(集英社新書)など。
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