堂本光一君の挑む力『ナイツ・テイル』(井上芳雄)
第24回
井上芳雄です。7月から帝国劇場で上演する新作ミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』の稽古に明け暮れる毎日です。堂本光一君と初めて共演します。『レ・ミゼラブル』などを手がけた世界的な演出家ジョン・ケアードのもと、光一君と世界初演のオリジナルミュージカルに挑むという夢のようなプロジェクトが実現しました。
5月下旬から始まった稽古は、まだ手探りで進んでいる状態。どんな舞台ができあがるのか、実は演じている僕たち自身もまだよく見えていません。新しいものをつくっていくのはワクワクするし、その場にいられることが幸せな毎日です。
『ナイツ・テイル』の基になっているのはシェイクスピアが最後に書いた作品『二人の貴公子』(共作:ジョン・フレッチャー)。ジョンが書いた脚本は、国や時代を特定しない設定のようです。光一君が演じるアーサイトと僕が演じるパラモンはいとこ同士の騎士。2人は親友でありライバルですが、同じ女性に恋をしたことで、いろんな出来事が起こります。
2人は、さっき「愛するいとこよ」と言っていたかと思うと、すぐに「お前を殺してやる」と言ってみたり、関係がころころと変わっていきます。そこはシェイクスピアらしいですね。稽古の初日に、脚本・演出のジョンがこんなことを言いました。「彼らはお互いのことをうらやんでいるというか、お互いになりたいと思っている。だから親しくもするし、いがみ合いもするんだ」
それを聞いたときに思ったのは、僕も光一君に対して似たような感情があったのかな、ということです。彼のようになりたかったということじゃなくて、積み重ねてきたものがすごいと思っていたという意味で。KinKi Kidsとして鮮烈にデビューした姿は、テレビで見ていました。僕がミュージカル俳優になってからは、光一君が主演したミュージカル『SHOCK』が帝劇で始まるとチケットは即日完売。ジャニーズの人たちが素晴らしい歌や踊りやお芝居をしているのを見て、僕たちミュージカル俳優はいずれいらなくなるんじゃないかというくらいの危機感を抱いていたのは事実です。
光一君の活躍ぶりに、ある意味、戦々恐々としていたので、僕たちの道が交わることになるとは、最初は思ってもいませんでした。それがいろんな方の力添えがあり、共演できることになりました。それこそ敵ではなくて、一緒にやれる味方になれたのは本当に夢のようなこと。まずは、それがとてもうれしい。尽力いただいた方々には感謝しています。
光一君と最初に会ったのは3年前くらいでしょうか。東宝の方やファンの方から「光一さんと芳雄さんは、似てるんじゃないですか」と言われることが多く、興味が湧いて引き合わせてもらいました。どうやらファンの人をいじってみたりするところや、ちょっと毒舌なところが似ていたみたいですけど(笑)。
光一君と話していくうちに、他の舞台もよく見ているし、本当に舞台が大好きなことがわかってとても楽しく、親近感を覚えました。そして何回か会ううちに「いつか共演できたらいいね」という話になり、今回の話が固まってきました。だから、昨日今日に出てきた話じゃなくて、長い時間をかけてきたものがようやく機が熟したという感じです。
稽古が始まってからも、光一君には自分と近いものを感じます。普段のテンションがそう高くないところも、僕と似たような温度なのかな。お互いに変に気をつかわないし、気をつかうときは、あからさまではなく、さっと自然にという気持ちもわかります。
■心意気に共感と尊敬
光一君と僕は同い年なので、同世代という部分でもわかりあえるのでしょう。しかも帝劇デビューが同じ2000年。光一君は『SHOCK』の初演、僕は『エリザベート』のルドルフ役でした。その後も、それぞれ帝劇の舞台に立ち続けてきたのですが、こうして一緒にやれるようになるまで17年かかりました。続けるって、大切なことですね。
その2000年の初演以来、光一君は『SHOCK』に1630回主演して、ミュージカル単独主演の記録を打ち立てる偉業を成し遂げました。今は演出にもかかわっています。歌にしても映像にしても素晴らしい成果を収めていて、現状のままで活動を続けていっても何の問題もないという立場です。
ところが、光一君は同じ道を行こうとせず、大きなチャレンジの一歩を踏み出しました。オリジナルの新作で外国人による演出や振り付け、初めての共演者にも囲まれるとあって、長く続けてきた『SHOCK』の舞台とは勝手がまるで違うはず。リスクも大きいでしょう。にもかかわらず、あえて挑んだのが素晴らしい。その心意気に共感するし、尊敬もしています。
でも、新しいことに挑戦しないと人生は面白くないし、それが生きている意味でもある、と僕も思うのです。だから光一君が、今回『ナイツ・テイル』で一歩踏み出してよかった、と思えるように、その力のひとつになりたい。そんな気持ちで、毎日の稽古に臨んでいます。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第25回は7月7日(土)の予定です。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。