工場の立ち上げと閉鎖 「2つの修羅場」が胆力育てるキリンビール 執行役員 横浜工場長 神崎夕紀さん(下)

具体的にはどのような作業を指すのかと尋ねると、神崎さんはこう説明した。

工場の生産ラインに乗せるには工程の繊細なチューニングが必要だという

「例えば、液体の入ったビーカーを2つ用意して混ぜるのは1秒でできます。しかし、130キロの原料を混ぜるとなると、それだけで約30分間かかる。その間、原料は微妙に変化します。それを考慮したり、加味したりしながら、設備を動かす速度や強度を微調整していきます」

ビールの原料となる麦を粉砕するだけで、1時間以上かかることもある。そこからタイムチャートを引き、各工程を経てビールになるまでどれくらいの時間がかかるかを計算し、それに合わせて設備を動かし、人を配置する。

工場閉鎖で動揺する部下を一人ひとり説得

もう1つの「修羅場」は、栃木工場で醸造部長をしていたときに経験した。工場の閉鎖が決まり、勤務していた社員を他の工場へ配置転換しなくてはならなくなった。他者の人生を左右する決断をしなくてはならないため、かなり神経を使う仕事だ。

「当初は、工場内で限られた人間しか閉鎖の決定が下ったことを知りませんでした。誰にも何も話せない状態で発表の準備をし、発表したら、現場の不満や不安に寄り添いながらも、これまで通りにビールを作り続けないといけない。発表直後はみんな動揺し、怒ってもいましたから、面談していてきつかったのは確かです」

工場に勤務していた人の多くは、田畑を所有するなどその土地に根付いた暮らしをしていた。転勤するとなれば、住宅ローンや子供が通う学校のことなど、心配の種は尽きない。閉鎖まで約半年間というなか、一人ひとりに閉鎖の決定が下った事情を説明し、ほかの工場で働くことを承諾してもらわないといけなかった。

不満や文句の「毒」と向き合う

「心がけていたのは、すべてを受け止めるということです。会社に対しての不満や文句が出るのはしかたがないにせよ、だからといって毒を吐き続けたら、言った本人がその毒に一番やられてしまう。決定を覆すことはできません。せめてみんなが腐らないように、新しい職場に行っても元気で働けるように、活躍できるようにと、ただそれだけを考えていました」

どの工場に何人配置転換するかという大枠は、決まっていた。ただし、誰をどこへ異動するかは、神崎さんら部長クラスが一人ひとりと面談しながら決めていた。

「公にできる情報とできない情報があるなかで、全員と腹を割って話せないのが一番きつかったかもしれません。愚痴をこぼせる相手は、同じ部長連中しかいない。ごく自然と同志のような連帯感が生まれ、彼らとは今でもつきあいが続いています」

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