今も昔も 猫、ネコ、猫
立川談笑
いかんいかん!現在、我が家はみんな浮足立ってます。というのも、昨日、とある知り合いから人づてに「この猫ちゃんの引き取り手を探しています。いかがですか」と連絡が来たのです。写真を添えて。猫はノルウェージャンという種類で、生後2ヵ月。きゃわゆいい~!ちょっと長毛だもの。しかも目がまたなんとも……。
あふふはぁー。いやいや取り乱してしまいます。それでもウチはペット禁止のマンションなので引き取ることはできません。ええ、けっして引き取りませんとも。内緒で飼うこともしないのです、たぶん。いえ、間違いなく!内緒で間違いなく、って何を言ってるんだ。
■ただ寝返りをうつ姿で十分
気を取り直して。ええ、今回は猫の話をたっぷりします。猫そのものというよりも、その周辺。うん、わかってるんですよ。この文章を読むより、もふもふした猫をなでている方が楽しいってことはね。まあまあ、とりとめのない猫にまつわるあれこれトークです。手近に猫がいればなでなでしながら、猫が手近にいなければ想像してもんもんとしながら、どうぞお付き合いください。
ウェブでよくありますね。おもしろ猫動画だとかいって。ずいぶん珍しい瞬間を収めた動画だったり、ものすごく愛くるしい様子だったり。私としては、なんてことはない猫が、ただダラダラ寝返りをうってたりするだけの動画であっても十分です。猫、大好きだから。いろいろと動画を教えてもらって、見るたびに楽しませていただいています。ほぼ間違いなく、楽しいし、面白い。
ところが、どうしたことでしょう。そんなウェブで見る猫の人気動画も、それがテレビ番組で紹介されると全く色があせたように面白くなくなる。そんな経験はありませんか。たとえば、なまじっかな猫目線のナレーション。
「あれあれぇ。なんだこれ~? いじってみちゃおっかな。エイッ!あはは、楽しいぞ。よぉし、もっとやってみよう。あれ?!なんだこれ!なにこれ!あー!やめてー!誰か助けてえー!」
私は、この手の演出が好きではないのです。セリフの語尾に「にゃん」なんて付けられた日にはもう、大いにがっかりします。余計な後付け加工なんてしないで、元の映像をそのまま見せてくれればよっぽど楽しめるのに、どうしてわざわざ台無しにしちゃうかなあ、と。どう言えばいいのか。猫の魅力としての自由さや奔放さを味わいたいところなのに、作為的な演出によって、逆に自由度をそこなうように感じるというか。我ながら理屈っぽい。
この点、テレビの演出では「岩合光昭の世界ねこ歩き」(NHK)のさじ加減が私は好きです。BGMもナレーションもあるんだけど、あくまで邪魔にならない程度にとどめる。あれがいいなあ。岩合さんご自身は最終的な演出にどこまで関わっておられるんだろうと興味があります。
「猫の目のよう」という言葉があります。目まぐるしく移り変わる様のことです。まさに今回はその通り。猫の目のように話の方向は変わります。
ご存じ平安時代の文学、紫式部「源氏物語」の一幕。40歳を過ぎた光源氏が若い嫁さんをもらいました。まだ15歳やそこら。高貴な女性ですから、普段は人に姿を見せないよう目隠しとして御簾(みす)をめぐらしてある。ところがある日のこと。飼っていた子猫たちが追いかけっこをしていたはずみでパラリと御簾が落ちた。一瞬あらわになった若妻の美しい容貌を男が目にして、これがきっかけで二人が恋に落ちる、という。これから女三宮(おんなさんのみや)と柏木との不倫話になっていきます。
「いと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫追ひつづきて」というこのくだりがその昔は有名だったということでしょうか。江戸時代の出版物でこのモチーフは何度も登場します。かわいい子猫たちが禁断の恋の幕を開ける。なんともロマンチックで、視覚的にも鮮やかなシーンです。
平安時代の猫ブームの話をもうひとつ。今度は「枕草子」。清少納言が仕えていた中宮の旦那様というのが一条天皇。この帝が、どうやら大の猫好きだったようです。とはいえ身分にやかましい時代です。帝のそばには一定の身分以上の者しか近寄ることができません。人が近づけないんだから、猫なんかは論外のはずです。そこで一条天皇、こともあろうにこの猫に「従五位」という官位を授けたんだそうです。むちゃだなあ。よっぽどなでなでしたかったんだね。ネコ公務員!ネコ官僚!いいね、ネコ官僚!忖度(そんたく)しそうにないもの。でも本来の仕事もまるっきりしそうにないから、やっぱりダメだな。残念だな、ネコ官僚。
さあさあ、猫の目バナシ。ここからは猫好き有名人の話に移ります。
■ダリもリンカーンもニュートンも
まずは江戸時代の浮世絵師。歌川国芳の猫好きは有名です。作品中に猫の姿を描くばかりでなく実際にかなりの数の猫を飼っていたと伝えられています。常に仕事場にもたくさん猫がいて、ふところに猫を抱えたまんま絵を描いていたとか。なんとも幸せな仕事風景ですなあ。国芳の描く猫(←漢字が紛らわしいですね)は、躍動感があって柔軟で、何よりかわいらしい。猫に注ぐ愛情がストレートに出ている気がします。
意外な猫好きはいくらもいます。エイブラハム・リンカーンは、ホワイトハウスで猫を初めて、しかも複数匹を飼ったほどの猫好き大統領だったとか。また、万有引力の発見でおなじみのニュートンも猫好きで、例の、扉の下に設置する猫用ドアの発明者でもあると! 伝えられています。ホントかいな。
たくさん飼う猫に同じ名前をつける変わった人たちもいます。南方熊楠は、飼い猫の名前はすべて「ちょぼ六」。アンディ・ウォーホルは「サム」と名付けた猫を25匹も飼っていたといいます。名前をつける意味が薄らいできそうです。「黒いサム」「茶トラのサム」「一番大きいサム」とか。不便じゃないのかなあ。
最後に。サルバドール・ダリの話を。猫、のようだけど猫じゃあない。オセロットという山猫です。ちょっとしたジャガーみたいな、ネコ科の動物。パーティー会場だとかあちこち連れ歩いたときの写真が残っていますが、けっこう大きくなっていく様子に「おいおい、もはや猫じゃないだろう。大丈夫か?」と心配になってきます。でも、かわいいんだなあ。大きいほどまたかわいさも増すんですよ。なんだかなあ、もう。
えーっというわけで。もふもふだらだらと猫の話をしてきましたが、問題はあのノルウェージャンの子猫ですよ。うーん、どうしよう。ペットを飼えるところに引っ越しするか?
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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