ケンドーコバヤシ、『ゴルゴ13』から人生を学んだ
編集委員 小林明
外務省が人気劇画『ゴルゴ13』とコラボして好評を博した単行本『中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル』の動画版(全13話やメーキング動画など)をホームページで公開中だ。声優として、その動画で主人公のデューク東郷役の舘ひろしさんと共演しているのがお笑い芸人のケンドーコバヤシ(ケンコバ)さん(45)。
お笑い界切っての漫画好きとして知られ、「『ゴルゴ13』から人生を学んだ」とも公言しているケンコバさんに『ゴルゴ13』など漫画が持つ魅力や自らの安全対策、さらに人生観、恋愛観、お笑い芸人になった理由についてインタビューした。
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待ち合わせ場所は東京・霞が関にある外務省。5月25日午後5時過ぎ。忙しい仕事のスケジュールを縫ってケンコバさんがマネジャーとともにタクシーで到着。入館手続きを済ませた後、スタイリストさんが持ってきた紺のスーツ姿に着替えると早速、インタビューが始まった。
『ゴルゴ13』の影響で用心深くなった
――ケンコバさんにとって『ゴルゴ13』とはどんな存在ですか。
「いい意味でも、悪い意味でも、『ゴルゴ13』から大きな影響を受けてきましたね。たとえば、一人暮らしを始めてからは、帰宅前に必ず自宅の周りをグルグルと回るようにしています。不審者がいないかを確認するためです。おかげで上京後、僕自身には大きな事件が起きたためしがほとんどありません。十分に警戒していれば、泥棒も遠ざかるんじゃないですか。まあ、近所の人から見れば、周囲を徘徊(はいかい)する僕の方がよっぽど不審者かもしれませんが……」
――『ゴルゴ13』の影響で安全に気を配り、用心深くなったと。
「そうです。だからレストランや喫茶店に入るときも、なるべく非常口に近い座席に座るように心がけています。少なくとも、出入り口が見渡せるような位置で人の出入りには常に注意を払っていますね。いざというときに素早く行動できますから。旅行先でも、自分の荷物を不用意に放置するようなことは絶対にしません。特に海外ではやったらいけないことです。あれはイタリアだったか、フランスだったか、昔、僕に付いていたマネジャーが空港に着いて、ものの5分もしないうちにカバンを置き引きされてしまったことがあります。その場に僕もいたんですが、まったく気がつかないほど早業だった。ビックリしましたよ。本当に気が抜けません」
恋人でも決して気を許さない、彼女が次々と去っていく
――悪い意味でも『ゴルゴ13』に影響を受けたと言いましたが、どういうことですか。
「たとえば恋人と一緒に部屋にいるときですかね。僕はいまだかつて相手に気を許したことは一回もありませんから……。特に料理を作ってもらっているときは、相手が刃物を手に持っていますから、めちゃくちゃ警戒します。夜、ベッドで一緒に寝ているときも、相手の寝息が本物になるまでは決して気を抜きません。これは体にすっかり染み付いた癖のようなものです」
「よく世間では恋人同士が手をつないだり、腕を組んだりして歩いているでしょう。僕は絶対しませんよ。あれは一番やってはいけないことです。日本は銃社会ではないので、相手に利き腕を預けてもそれほど危険ではないかもしれませんが、もし許されるなら、僕は相手の腰のベルトのあたりを持って一緒に歩きたいですね。手をつないだら不測の事態に対応できませんが、ベルトを持っていればすぐに対応できますから」
――それだと彼女は怒りませんか。
「はい、すごく嫌がります。『なぜ手をつないでくれないの』と文句を言われますから。『おまえを守るためなんだ』と真剣に説明するんですが、そこから先は会話が完全に止まってしまいます。僕の真意がきちんと伝わったためしがありません。相手からすると、見た目が大切なんでしょう。たしかに端から見たら、単に女性を連行しているようにしか見えませんから……。こうして、せっかくできた彼女も次々と僕から去ってゆくわけです」
初めて読んだのは小3時に理髪店で、「すごい漫画だ」と感動
――ゴルゴと同じように、やはり背後に他人が立つと思わず防御姿勢を取ってしまいますか。
「ええ、それも学生時代には常に意識していましたね。小学校で空手、中学校で柔道を始めたので、その習慣は身によく付きました。ただ、高校でラグビーを始めるようになるとさすがに諦めざるを得なかった。スクラムを組みますから。『俺の背後に立つな』なんて絶対に無理ですよ」
――最初に『ゴルゴ13』を読んだのはいつですか。
「小学校3年くらいのときでしたね。家の近所の理髪店に連れて行かれて、父の散髪が終わるのを待っている間に手にとって読んだのが最初の記憶です。週末、阪神の試合を甲子園に父親と見に行く前、理髪店によく一緒に立ち寄ることがありましたから」
――でも、かなり大人の漫画ですから、小3ではまだ早すぎたのでは。
「いやいや、面白いなと思いましたよ。『ゴルゴ13』はすでに多くの巻数が出ていたので、筋書きに様々なパターンがあるじゃないですか。主人公のゴルゴがまったく姿を見せないままストーリーが進んでゆく回もある。最後に銃弾の音だけが聞こえるみたいな……。ほかの子ども向け漫画では主人公が登場しない作品はないですから、すごい漫画だと感動した覚えがあります」
依頼主、活動した国、銃弾数… 100巻まで自分なりに分析
――中学、高校になるとますます『ゴルゴ13』に熱中してゆきます。
「そうですね。様々な色々な漫画を読みあさりましたが、『ゴルゴ13』はずっと読み続けていました。僕が高校を卒業した後に100巻目が出たので、ワープロを使って、1巻からずっと自分なりに筋書きを分類してみたことがあります。依頼主、活動した国、銃弾数、殺した人数……。それらをすべてデータ化し、分析して自慢げに友人に見せたら、『おい、警察に怪しまれるから絶対にやめておけ』と忠告されました。『それもそうだな』と思ってすぐにやめました」
――ストーリーを分析して、改めて分かったことはありますか。
「狙撃成功率が100%だと思い込んでいる人が多いようですが、実は100%ではないですよ。意外にミスショットもある。たとえば『テレパス』ではソ連が育てた超能力者に狙撃を予見されて失敗している。もちろん数は極めて少ないですが……。それから、ゴルゴは任務遂行のために現地入りすると、狙撃前にその土地の女性を抱くことも多い。これは後日、作者のさいとう・たかを先生から聞いたのですが、忍者がかつて各地で活動する際、風習や文化などの情報を収集するためにその土地の女性を抱いていたという話をもとにしているそうです」
――特に好きな作品はありますか。
「デューク東郷の出自にまつわるルーツものが好きですね。帝政ロシア最後の皇帝ニコライ2世や怪僧ラスプーチン、東条英機元首相が登場する『すべて人民のもの』、2・26事件やイスラエルの情報機関モサド、中国の秘密核実験が絡む『蒼狼漂う果て』……。『芹沢家殺人事件』や『おろしや間諜伝説』もいい。ルーツもの以外だと、超人的な狙撃精度が試された『AT PIN-HOLE!』、レズビアンの女殺し屋が出てくる『キャサワリー』も面白かったですね」
憧れの舘さんとの掛け合いに緊張、絶対にマネできないジョークとは…
――外務省の海外安全対策マニュアルの動画版で、ゴルゴに安全の心得について尋ねる日本人の会社経営者役を演じていますね(第4話)。
「あれ、実は緊張してあまり覚えていないんですよ。事前に役作りについて、あれこれと考えていたとは思うんですが、主役の舘さんに会った途端にすべてが吹っ飛んで、頭のなかが真っ白になってしまいました。小さい頃からテレビで見ていた憧れの方なので……。若い頃のあのワイルドな感じを経て、今のようなマイルドな感じになられているのは本当に格好いい。僕も若い頃、もっとワルだったと自分の経歴を書き換えたいと思ったくらいです」
――舘さんの印象は。
「とにかく印象に残っているのは格好いいジョーク。僕は他人の面白いジョークは自分なりにかみ砕いて、消化して、なるべく使うようにしているんですが、収録の際、舘さんが女性カメラマンに『こちらへ目線ください』と言われて、『カメラのレンズ? それとも、その奥の君の瞳?』なんてさりげなくつぶやいていた。もう格好良すぎて、その女性カメラマン、思わず肘の力が抜けて、カメラを下げましたもん。すごいオーラですよ。『このジョークは絶対に俺には無理だなあ』と諦めました。ただ、緊張はしたけどとても楽しい経験になりました。今後は依頼者役ばかりでなく、いつか狙撃される側の最後の断末魔の声なんてやってみたいですね」
(インタビューの続編を6月22日に掲載します)
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