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米利上げ打ち止め説 超低金利の日本は?(平山賢一) 東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長

2018/6/5

わが国だけでなく、世界的に1970年代から80年代初めにかけては高インフレ率の時代であったため、80年に国債利回り(残存年数9年)は9.5%程度まで上昇しています。70年代の平均が7.77%、80年代が6.70%であるため、この間に国債への投資で得られる利回りは現在とは比較にならないほど高かったわけです。

■世界の長期金利は2%が下限

しかし、90年代にはバブルが崩壊し、不動産価格も下落基調に転じる中で、日銀による金融緩和とともに国債利回りも低下し90年代に国債の利回り(10年物)は、平均3.88%程度まで低下しました。興味深いことに、戦時期の40年代の日本国債利回りの平均が3.76%であったことから、90年代の利回り水準は、戦時期並みに引き下げられたといってもよいでしょう。

戦時と同程度まで低下した国債利回りは、金融不安から97年末には2%を下回ることになりました。世界中の長期債利回りの推移を調べると、不文律ともいえるパターンがあります。長期債利回りは2%が下限であり、いったん下回ることはあっても短期間で反発するという「長期金利2%フロア観」です。ところが、日本国債利回りは例外でした。2%を下回り、その後も浮上しなかったのです。つまり、歴史的にみて日本の国債利回りは異常な低水準といえます。

戦前の国債利回りを確認してみると、戦時にかけて水準が低下しているものの、その変動幅が3%後半から6%程度の範囲に収まり、狭い範囲内での推移になっていることに気が付きます。これは戦前期の国債は利回り変動幅が狭いという特徴がある「超長期債」であったことに加え、32年に資金逃避を防止する法律が制定され、海外への投資が抑制された影響がありました。つまり、国内の資金循環が海外と分離されるという「市場分断」が行われ、余剰資金が国債市場に流入する仕組みがとられたのです。

■日銀も緩和モード転換の兆し

しかし、現代の金融市場は世界中を巨額資金が駆け巡るグローバル市場です。YCCのターゲットである10年国債利回りはゼロ%近辺で安定していますが、円高リスクに備えて金融政策の自由度を上げるためにも早期に危機モードから脱して先行きの「利下げ余地」をつくっておくべきだとの意見もあります。

日銀は黒田東彦総裁が任期が2期目に入り、これまで掲げてきた2%のインフレ目標の達成時期を明示しなくなるなど、なりふり構わぬ金融緩和モードからの転換の兆しもうかがえます。日本国債の利回りが現在の水準を維持し続けると妄信すべきではないでしょう。

FRBが実際にいつ利上げを打ち止めにするのかは分かりませんが、日銀の動きからも目が離せません。今後は「現状がこうだから、将来もこうなるだろう」というような安易な判断は避けたいものです。

プロのポートフォリオは運用に精通したプロが独自の視点で個人投資家に語りかけるコラムで、原則火曜日掲載です。
平山賢一
東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長。1966年生まれ。横浜市立大学商学部卒業、埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。89年大和証券投資信託委託入社、97年東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)入社、2001年に東京海上アセットマネジメント投信(現在の会社)に転籍。29年にわたり内外株式や債券を運用する。

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