「おひとり様湯治」短くゆるく 食養生の箱根の湯
キレイになれる温泉の秘密
仕事を頑張り、家事を頑張り、趣味を頑張り、忙しく毎日を過ごしている現代の人たち。頑張りすぎて体も肌もへとへとになってしまいます。そこに現れた救世主が「現代湯治」。日常を離れ、温泉に入って、頑張らないゆるい時間をつくる。内臓を休める優しい食事を取る。自分本位に過ごせる空間と時間を持つ。そんな現代湯治の宿に羽を休めにくる人が増えています。
もともと湯治といえば、2週間から1カ月といった長期間を温泉地で過ごすものでした。東北のある温泉宿が、1泊2日など短い期間でも温泉へ泊まって心身を整える「現代湯治」を提唱。じわじわと広まり始めた現代湯治を一気にメジャーへと押し上げたのが、2015年11月に箱根に誕生した宿「養生館はるのひかり」でした。この宿の登場によって、現代湯治やひとり温泉のブームが加速したような印象があります。
「ゆるい養生」がテーマの食と温泉
宿の湯守である米山雄二郎さんは農学部出身で、野菜や土、発酵などの知識が豊富。宿の敷地にも自家農園があり、有機無農薬栽培で野菜やハーブを育て、稲わらと無農薬の大豆で自家製のわらづと納豆まで作ってしまいます。箱根、小田原、西湘近隣で有機無農薬の露地栽培にこだわって野菜や米をつくる人を探し歩き、納得できる食材をそろえました。
夕食は野菜中心のメニュー。とはいえ朝食には干物や湯豆腐も出てくるし、お酒もそろっている「ゆるい養生」というのが人気の秘密。名物の「畑のごちそうサラダ」は、野菜ひとつひとつのうまみ、甘み、ほろ苦さなどがしっかりと主張する味わいの深さに感動します。高井おばあちゃんの無農薬自然栽培と書かれたお米は、小田原産のキヌヒカリという品種。自然栽培、天日干しの玄米は、水に浸けると発芽します。その発芽直前の微発芽という状態で炊き上げる「玄米ごはん」は、ゆっくりかみしめて味わっていると体がふんわりと温まってきます。
温泉は源泉かけ流し。湯船を仕切ることで、「ぬる湯」「あつ湯」と温度の違う湯船がある仕立て。ぬるめの湯船でぼーっと長湯したり、熱めの湯船に浸かって発汗を促したり。泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。弱アルカリ性の優しい感触、肌をしっとり保湿し、体の芯まで温まります。
この宿にはオープン当初からおひとり様専用ルームがあります。すっきりしたフローリングにセミダブルのベッド、Wi-Fi完備の机があって、広めのデッキで読書もできるつくり。一度泊まると多くの人がリピートするようで、中には2週間に1回来る人がいたり、泊まっているうちにもう1泊したくなって「明日も泊まれますか」と聞いている人を何度も目撃しました。ひとり温泉ブームとも相まって、おひとり様専用ルームから予約が埋まっていく状況。現在は、他の2タイプの部屋にもひとり宿泊が可能なプランができました。
「腸の養生」に着目した新メニューも
湯守・米山さんの探求はとどまりません。新しい滞在プラン向けの献立が完成したと聞いて、さっそく取材に駆けつけました。
新しい滞在プランのテーマは「腸養生」。免疫力や活力、肌や心の健康に「腸」が大きく影響していることから、腸を元気にする養生食を研究。2泊3日で腸養生をするプランをスタートするといいます。
食事のポイントは、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維のバランスを1:2にすること。同時に養生食の基本である「身土不二」(その季節、その土地で取れたものを食べるのが健康によいとする考え方)を大切にして、近隣で有機無農薬栽培する露地もの野菜を使います。
メニューの一例を紹介しましょう。主要な食材は、海藻(アカモク)とキクイモ(自家農園で育成中)。カツオブシ、昆布、マイタケなどのキノコ類です。
腸のぜん動運動をスムーズにするには内臓を温めることが重要。温泉にのんびり入ったり、温泉で軽くストレッチをするのも効果的ですが、食事のメニューにも秘密の仕掛けがあります。無農薬の白米こうじと水だけで作った自家製つぶつぶ甘酒に自家製の乾姜粉(ショウガの粉末)など、食べているとおなかの中心がどんどん温かくなって汗が噴き出してきます。
心身の養生からもう一歩「キレイ」に踏み込んだ腸養生プランは、ゆるい現代湯治の進化形。気になる不調を温泉で整える現代湯治は、働き方改革やストレス社会において、ますます重要な存在になっていくことでしょう。女性だけでなくストレスフルな男性社会人にも人気になりそうです。
温泉ビューティ研究家・トラベルジャーナリスト。日本の温泉・世界の温泉や大自然を旅して写真撮影・執筆をする旅行作家。テレビにも出演。海外ブランドのマーケティング・広報の経験から温泉地の企画や研修もサポート。日本温泉気候物理医学会会員、日本温泉科学会会員、日本旅のペンクラブ会員、気候療法士(ドイツ)、温泉入浴指導員。
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