世界の目利きが選ぶ日本酒の真価 フモトヰ、金雀…
世界のワインのプロたちが日本酒に高い関心を示している。世界最大級のワイン品評会「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」の日本酒部門審査会が、18日まで山形市で開催された。海外から高い評価を受けた酒は、日本人が気づかない日本酒の魅力の再発見にもつながる。「世界が選んだ日本酒」を味わいつつ、海外の目利きの目線で日本酒を考えてみた。
ブラインド・テイスティングで審査
IWCは、英国の出版社主催の世界最大規模のワインコンペだ。2007年に日本酒部門を創設、同部門の国内開催は東京都、兵庫県に続き3回目。今回は過去最多となる456の酒蔵から1639銘柄が出品され、普通酒から純米大吟醸、スパークリング日本酒まで9部門ごとに1つずつトロフィー受賞酒を選んだ。その中から全部門を通じた最優秀賞「チャンピオン・サケ」が7月、ロンドンの授賞式で発表される。
今回の審査員は外国人27人、日本人27人の計54人。審査方法は瓶をカバーで覆って銘柄などを隠した状態でワイングラスに注ぎ、香りをかいだり口に含んだりして味わいを確認していくブラインド・テイスティング方式。1本1本、審査員がディスカッションしながら評価する。
審査では「日本人審査員が許容できる日本酒の味の幅について意見を述べる一方、日本側も外国人審査員の声に耳を傾けている」と審査員長の1人で、ワインの資格で最難関のマスター・オブ・ワインをもつ大橋健一氏は話す。IWC代表取締役のアンドリュー・リード氏も「日本の伝統的な視点を尊重しつつ、多文化に受け入れられる味覚の多様性を採り入れれば輸出にもつながる」と指摘。海外の目利きが日本人が気づかない日本酒の魅力を再発見することで、ワインのように世界で楽しまれる酒に成長する可能性があるという。
良質のワインに通じる味わい
純米吟醸部門でトロフィーに輝いたのは、山形県酒田市の麓井酒造の「フモトヰ 純米吟醸 山田錦」(参考価格720ミリリットル入り税別1650円)。東京ではなかなか手に入らないが、記者はいくつもの酒販店に一般客として問い合わせて自費で購入してみた。冷酒で口に含むとフレッシュでありながら穏やかな酸味が広がる。2~3口目には徐々にうま味の感覚が増していき、赤ワインでフルボディーと評されるような濃厚な味わいが楽しめた。
原料の酒造好適米(酒米)には兵庫県産の山田錦を使い、生酛(きもと)という伝統的な製法で造っている。一般的に生酛は冬の寒い時期、蒸した酒米を蔵人が木の棒(櫂=かい)ですり潰していく山卸(やまおろし)という作業を要する。さらに発酵の初期段階となる酒母では、雑菌がわくのを抑えてくれる乳酸菌が空気中から自然と入ってくるのを待つ。手間暇がかかる一方、アミノ酸の一種を多く生成することで独特のうま味につながるといわれる。
複合商業施設「GINZA SIX」(東京・中央)にも出店している酒販店「いまでや」の小倉秀一社長は「麓井酒造やゴールド受賞の山形正宗は、店舗でもワイン愛好家から高く評価する声が多い」と語る。「良質なワインに求められるバランス、余韻、力強さ、複雑さが審査過程で当てはまったのでは」とみる。
純米大吟醸でトロフィーを獲得したのは、山口県岩国市の堀江酒場の「金雀(きんすずめ)40%」(参考価格750ミリリットル入り税別3万円)。トロフィー受賞銘柄がまだ明かされていない時点から、試飲した日本酒の業界関係者の間で注目を集めていた酒だ。
関西のある大手酒造の研究開発責任者は「この味や!この奥深さを目指さなあかん!」と興奮を隠せない様子だった。IWCの審査コメントでは「きれいでジューシー、フルーツのような華やかさがあり、酸味とキレ(a touch of savory finish)の均整が取れている」と評価された。
トロフィー酒以外でもオススメが目白押し
トロフィー受賞酒以外にもオススメ酒はたくさんある。利き酒師でフリーアナウンサーの近藤淳子さんは、各部門で4~20銘柄ほどが選ばれるゴールドメダル受賞酒のうち、車多酒造(石川県白山市)の「天狗舞(てんぐまい) 山廃仕込純米酒」(参考価格720ミリリットル入り税別1400円)が一押しという。「北陸放送(金沢市)でアナウンサーをしていた頃に出会った銘柄。香りはカラメルのようなスウィーティーさとほのかなスパイスに似た芳香をあわせ持ち、骨太く複雑な味わいにも蔵元の思いやロマンを感じた」とふり返る。
一方、20~30代でこれから日本酒を飲み始める人にオススメなのは、山梨銘醸(山梨県北杜市)の「七賢 風凛美山(ふうりんびざん)純米」(同1千円)だ。15年に銀メダル受賞酒の中からコストパフォーマンスに優れた酒に与えられる「グレートバリュー・サケ」に選ばれた。買いやすい価格ながら、冷酒で飲むと爽やかな酸味がのどを通り抜ける。やや辛口ながら少しとろっとしたフル―ティーな香りとうま味もあり「艶っぽい日本酒」といえる。契約農家が栽培した山梨県産「ひとごこち」という酒米を使っている。
世界はテロワールも重視
世界が注目するのは、味わいだけではない。キーワードはテロワール。「土地」を意味するフランス語から派生した言葉で、醸造に関わる風土などの自然環境を指す。地元で栽培した酒米などを生かした酒造りかどうかや、その酒を生んだ地域の文化や歴史的背景も重要な要素となっている。1年前の17年大会で最優秀賞「チャンピオン・サケ」に選ばれた南部美人(岩手県二戸市)の特別純米酒は、地元の酒米「ぎんおとめ」にこだわった。「二戸市の風土、テロワールを存分に生かした酒だ」と久慈浩介社長は胸を張る。IWCはブラインド・テイスティングで審査しているが、実際に日本酒を海外で販売する際には流通関係者やソムリエがこうしたテロワールを重視する例も多いという。
18年大会でも、酒蔵のある県内のコメを使った日本酒でゴールドメダルを受賞した銘柄は少なくない。府中誉(茨城県石岡市)の「渡舟 純米吟醸ふなしぼり」(同2千円)は、茨城県産の「短稈渡船(たんかんわたりぶね)」という酒米を使っている。酒米の王者「山田錦」のルーツとなった品種だ。長らく幻のコメになっていたが、1989年に茨城県内にある農林水産省の研究所でわずか14グラムの種もみが残っていたのを発見し、地元農家と復活に向けて栽培を進めていったという。
海外から味覚のフィードバック
IWCのイベント・ディレクター、クリス・アシュトン氏は「海外の審査員が飲んでワールドクラスだと直感する銘柄があるのに、日本で真価に気づかれていないケースもある」と話す。海外の目で再発見された典型例が、出羽桜酒造(山形県天童市)の「出羽桜 一路 純米大吟醸」(同2800円)だ。同社の他の銘柄に比べるとなかなか日本で売れず「販売終了の予定だったが、卒業記念のつもりでIWCに出品してみた」(仲野賢営業部長)ところ、やや辛口でしっかりとした味わいが審査員の間で評判となり、08年に最優秀のチャンピオン・サケを受賞した。
審査員長の1人であるオーケ・ノードグレン氏は一路について「バランスの良さが最高だね。私は地元スウェーデンにも輸入しているよ」と話す。IWCをきっかけに日本でも見直され、出羽桜酒造の中で「販売トップ5に入る稼ぎ頭になった」(仲野氏)。
今後一段と「海外に通じるSAKE」が広まり、日本へのフィードバックも深まりそうだ。外務省はIWCの受賞日本酒をリスト化し、世界各国の日本大使館に送っている。「外交関係の構築と日本文化の紹介に役立っている」(西永知史在外公館課長)といい、海外の著名人が覚える銘柄も増えていきそうだ。
もちろん、受賞していなくてもおいしい日本酒は数多く存在する。「日本人が好むキレの感覚を外国でも理解してもらえるのはこれから」(いまでやの小倉社長)。「各コンペが求めるイメージによって、結果は異なってくるもの。実際に買うときは酒造りのストーリーも味わいに加わる」(利き酒師の近藤さん)。海外で新たな価値が発見されるのを機に、銘柄それぞれの個性を自分なりに発掘してみてはどうだろうか。
(小太刀久雄)
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