ヘミングウェイ愛したダイキリ 発祥キューバでは氷結
世界中を旅している人に「今まで一番良かった国はどこですか?」と聞いたら、人によって意見が分かれるところだろう。しかし、「今一番行くべき国はどこですか?」と聞くと、ほとんどの人が口をそろえて「キューバ!」と叫ぶ。
キューバといえば、サトウキビを原料とした蒸留酒「ラム酒」が有名。さらにはラム酒を使ったカクテル「キューバリブレ」「モヒート」「ダイキリ」の発祥の地でもある。中でもダイキリは日本で飲むスタイルとはちょっと違っている。今回はそれについて書こうと思うが、その前にキューバのプロフィルについて少々。
キューバ、正式名称キューバ共和国は米国・フロリダの南に浮かぶ小さな島国。1959年にフィデル・カストロ政権が誕生し、1961年に米国と外交関係を断絶、以降、同国の経済は停滞したままである。
2015年、米国・オバマ元大統領が54年ぶりにキューバとの国交を回復し、旅行者の間では米国からの投資で旅行インフラが整うとの期待がある一方で、キューバらしさが失われてしまうのではという懸念も広がった。
トランプ政権はその国交正常化も見直すとの考えではあるが、キューバが過渡期を迎えていることは間違いない。「今のうちに!」と「駆け込み旅行」する人も増えているとのこと。
私もそのうちの1人で、この春にキューバを旅してきた。
空港から降り立ち、首都ハバナの旧市街に向かう途中で、旅好きな友人・知人が「今行くべき」と口をそろえる理由がよく分かった。街並みはスペイン植民地時代から残るコロニアル建築の美しい建物がそのまま使われていて、そこには「マクドナルド」や「スターバックス」や「コカ・コーラ」などの看板は一切ない。
道には映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てきたみたいなクラシックカーが今も現役で走る。自動車やその部品を米国から輸入することができないため、それまでに輸入され使われていた米国製の車を修理しながら乗るしかないからだ。
まるで1950年代にタイムスリップしたかのような不思議な感覚に陥った。
喉をうるおすためバーに入り、まずはモヒートを注文。ラム酒をベースにライムジュース、ミントの葉、砂糖、ソーダを加えたカクテルだ。ここ数年日本でも人気で、居酒屋でもモヒートはもちろん、ライムのかわりにいろいろな果物を使ったモヒートのアレンジ版が頼めるほどである。
モヒートの原型は、ラム酒の前身である、サトウキビを原料にした粗削りな蒸留酒「アグアルディエンテ」に砂糖、ライム、ミントを混ぜた飲み物「ドラケ」といわれる。16世紀後半、海賊のリチャード・ドレイクがこのドラケをキューバに伝え、後にこのアグアルディエンテがラム酒に置き換わってモヒートが生まれたとの説が有力だ。
日本でも幾度となくモヒートを飲んできたが、やはり本場だとよりおいしく感じられる。ライムのさわやかな酸味とミントの自然な刺激がこの暑い気候にやはり合うのだ。
次にこちらもキューバ発祥のダイキリを頼むと、今度はシャーベット状のカクテルが来た。「フローズン・ダイキリ」である。ダイキリはラム酒にライムジュース、砂糖を加えてシェイカーで混ぜたもの。フローズン・ダイキリはこれにクラッシュ・アイスを加え、ミキサーで混ぜたものだ。テキーラとホワイトキュラソー、ライムジュースで作る「フローズン・マルガリータ」と並んで、フローズン・カクテルの代表格である。
ダイキリの名前の由来はキューバの鉱山から。19世紀末、ダイキリ鉱山で働く鉱山労働者たちが暑さしのぎに特産のラム酒にライムと砂糖を入れて飲んでいたのを米国人技師ジェニングス・コックスが命名したとか。灼熱(しゃくねつ)の鉱山で飲みたくなる気持ちも分かるライムの爽快さ。本場のダイキリはやはりうまかった。
その後もハバナやこの国随一のビーチリゾート・バラデロ(カリブの青い海、白い砂浜の美しさに感動)、至るところでモヒートとダイキリを飲んだ。その結果、分かったのはモヒートは日本で飲むのとほぼ同じであるが、ダイキリはちょっと違うということ。どうやらこの国ではダイキリといえばフローズン・スタイルなのである。
日本だとダイキリといえばシェイクしたほうが一般的で、あえて「フローズン」と付け加えて注文しないと「フローズン・ダイキリ」は出てこない。最初は普通のダイキリと間違えてフローズン・ダイキリが出てきたのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
もともと鉱山で飲まれていただけに最初はフローズン・スタイルではないダイキリが一般的だったと思うのだが、なぜこちらが一般的になったのだろうか。その秘密はどうやら「老人と海」「誰がために鐘は鳴る」などの作品で知られるノーベル文学賞作家アーネスト・ヘミングウェイにあるようだ。
海と酒をこよなく愛したヘミングウェイは趣味の釣りをきっかけにこの国を訪れ、22年間もの間ハバナで暮らした。彼にはモヒートとダイキリを飲むのにそれぞれひいきにしていたバーがあり、「我がモヒートは『ラ・ボデギータ』にて、『我がダイキリはラ・フロリディータ』にて」という有名な言葉を残したと言われている。
この『ラ・フロリディータ』というバーで出すダイキリがフローズン・スタイルで、ヘミングウェイもこれがお気に入りだったとか。それが観光客にも人気となり、キューバ全体に広がっていったようだ。それにしてもモヒートとダイキリを飲むのにそれぞれバーを使い分けるって、さすが酒を愛した文豪。コダワリがハンパない。
ヘミングウェイが愛した老舗のフローズン・ダイキリが飲みたくて私も『ラ・フロリディータ』に足を運んだ。店の前は昼夜関係なくいつも観光客が行列していて並ぶのを躊躇(ちゅうちょ)していたのだが、たまたま店の前を通過したら行列がない一瞬があり、奇跡的に入店できた。店内は満席で人がいっぱい。
客が注文するのは100%ダイキリである。たまたまカウンター前の席に座ることができたので、バーテンダーがフローズン・ダイキリを作るところを目の前で見ることができた。とにかく人がいっぱいなので、フローズンにするために使われるミキサーもフル回転だ。
文豪が愛したカクテルだけに秘密のレシピがあるのかと思ったら、カクテル用のメジャーカップを使うことなく、ラム酒もライムジュースも氷も目分量でドバドバッとミキサーに注ぎ入れていた。ここはやはり、おおらかなラテン気質である。
「こんな適当でいいんかいっ!」と心の中でツッコミを入れつつ、出されたダイキリを飲んだら、酸味と甘みのバランスが今まで飲んだフローズン・ダイキリの味にちゃんとなっていておいしかった。さすが目分量でもそこは熟練のワザである。
ちなみにヘミングウェイは糖尿病だったため、砂糖のかわりにグレープフルーツ果汁を使い、ラム酒をダブルで入れたフローズン・ダイキリを飲んでいたという。おいおい、糖尿患者がダブルで酒飲んじゃダメでしょ。
このグレープフルーツ入りダイキリは「パパ・ダイキリ」の名前で『ラ・フロリディータ』でもメニューになっている。誰もオーダーしていなかったが(ダブル用のグラスなので、誰かが飲んでいたらすぐに分かる)。
「この1杯を飲むために是非キューバへ」とまでは言えないが、キューバはやはり魅力的な国で、チャンスがあれば是非訪れてみてほしいと思う。社会主義の国って「国民全員が公務員」で、いくら頑張って働いても給料が一緒だから、店もホテルもサービスがよくないんじゃないかと思っていた。しかし、この国に限っては人々の気質が「ラテン」なので、明るくサービス精神旺盛。旅していて不快に思うことはなかった。
社会主義とラテン、もっとも相いれなさそうな2つがギリギリのバランスで成り立っているのがキューバ。そこが世界のどこの国にもないこの国の魅力だが、それもいつまで続くのか分からない。だからこそ「今行くべき国」と言われるのだと思う。
さて、モヒートもダイキリも使うラム酒は「ハバナ・クラブ」という銘柄が一般的だ。こちらは1878年に設立されたブランド。キューバ革命により創業一家はスペインへ亡命したため、酒造会社が国有化された。
同じくキューバを代表するラム酒メーカーだった「バカルディ」も革命を期に英国領ハミルトンへと会社を移し、キューバから撤退。そのためキューバ国内での販売はできなくなった。その代わりマーケットの主軸を米国に移し、バカルディは世界でトップシェアを誇るラム酒メーカーとなり、ハバナ・クラブはキューバを代表するラム酒メーカーとなった。
日本でも「ハバナ・クラブ」は販売されているが、バーやレストランでは「バカルディ」を扱う店の方が多いかもしれない。もし本場キューバのダイキリを日本で味わいたかったら、「ラム酒はハバナ・クラブ、フローズンで」と注文していただきたい。
(ライター 柏木珠希)
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