なぜなら、同じ不眠症でもこの2つのタイプでは実際の睡眠時間が大きく異なるからだ。それゆえ症状や重症度もかなり違う。
「過覚醒型」では一般的に病前に比較して睡眠時間は大幅に短くなる。睡眠の絶対量が減っているために心身への負担が大きく、倦怠(けんたい)感や集中力低下など日中の不調も強い。うつ病、生活習慣病、心筋梗塞、脳卒中などにかかるリスクが高いことも明らかになりつつある。
一方、「睡眠恒常性異常型」では不眠症状はあるものの、睡眠時間は同年代の健康な人と比較しても実はさほど短くなっていない。「過覚醒型」に比較して軽症の人が多く、徐々に眠れなくなるなど発症も緩やかであることが多い。
中高年は注意「恒常性異常型」
この2つのタイプの不眠症では効果的な治療法も異なる。
「過覚醒型」の治療は薬物療法が中心になる。睡眠時間の延長作用があり、心身の緊張状態を緩和する睡眠薬や抗うつ薬が効果を発揮することが多い。先にも述べたように、「過覚醒型」は重症例が多く、さまざまな合併症を招くことも少なくない。もし思い当たるフシがおありの方は、効果が定かでない快眠グッズなどに頼らず、かかりつけ医などに早めに相談することをお薦めしたい。
「睡眠恒常性異常型」のケースでは寝床で必要以上に長く横になっていることで不眠症が悪化する。背景に睡眠習慣の拙さがあり、睡眠時間はさほど短くなっていないため、薬物療法だけでは効果が出にくい。このタイプには中高年が多く薬の副作用が出やすいため、安易に増量することも避けなくてはならない。したがって治療は睡眠習慣の改善から始めることが勧められている。ただし、「睡眠恒常性異常型」といえども対処を誤ると、寝床で眠れない体験を繰り返すうちに不眠恐怖症、寝室恐怖症が生じて「過覚醒型」に移行することもある。このあたりは、「『青木まりこ現象』からみた不眠を呼ぶ黒魔術の考察」で詳しく説明したので関心があればお目通しいただきたい。
このように、現在の診断基準では「不眠症」と一括(ひとくく)りにされている患者さんの中にも、メカニズムや症状、治療法が異なるケースがあるということが分かってきている。もちろん、両タイプを合わせ持っている人もいるだろうし、先に述べた「リズム障害型」が混在しているケースもある。ただ、このような知識を持っていれば、不眠症をもう少し丁寧に診分けて効率的で安全な治療ができるようになる。不眠で悩んでいる方はご自分がどちらのタイプか考えてみては如何だろうか。
秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2018年4月5日付の記事を再構成]