成績はかなりよかったので、家は横浜でしたが、塾からは開成や麻布の受験を強く勧められました。ただし、開成と麻布は試験日が重なっていたのでどちらか選ばなくてはなりません。制服はあるけれど着なくてもいいという麻布の不思議なところにひかれて、麻布を受験することにしました。

麻布時代もゲーム三昧だった。

「しばらくは勉強のことなんか忘れてもいいじゃないですか。麻布の先生からはそんな暗黙のメッセージを感じた」と振り返る

麻布に入ったら、すっかり勉強しなくなりました。授業は一応真面目に聞いていましたし、試験前になるとさすがに少しは家で勉強しましたが、普段の日は学校が終わるとその日の勉強も終わり。塾に通わなくなったので、勉強する環境がなくなったのです。

それと、びっくりしたのは、先生たちの言動などから、「麻布に入るために、みなさんこれまで頑張って勉強してきたのですから、しばらくは勉強のことなんか忘れてもいいじゃないですか」というような暗黙のメッセージが、強く感じられたことです。周りを見ても、熱心に勉強している人はほとんどいませんでした。

ゲーム熱は、中学生になって冷めるどころか、一層高まりました。

放課後はほぼ毎日、ゲームセンター通い。最初のころは知り合いが多い地元のゲームセンターによく行っていましたが、次第に、麻布の中にも熱心なゲーマーが意外に多くいることがわかってきて、途中からは、学校の友達と学校近くのゲームセンターで遊ぶようになりました。同じ学年に、コアなゲーマーは30人ぐらいいました。

ゲーム代は、ランチ代として親からもらう500円の中から捻出していました。お昼は、学校の食堂でコロッケを2個100円で買ったりして済ませ、残りの400円をゲームの軍資金に。夕方4時ごろから中学生がゲームセンターにいることのできる午後6時までの2時間を、400円で過ごさなければなりません。頭の使いどころでした。

家に帰ってからも、寝るまで、コンピューター相手に一人で練習したり、昼間の対戦を振り返って反省したり。親は黙っていました。「麻布にも入ったし、まあしばらくはいいんじゃない」と大目に見ていたようです。

東京のどこどこのゲームセンターには猛者が集まるという情報を入手すると、出掛けて行き、自分を試すこともありました。地元では無敵でも、そういう場所では互角の戦いだったり、全く歯が立たなかったりして、すると悔しくて、練習に一段と熱が入りました。

ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら