増える若手の育休取得 復帰後のキャリア仕組みで守れ
女性の就労期間が延びるなか、長く働き続けるために早く子供を持とうと人生設計をする若手も少なくない。経験が浅いまま育児休業(育休)に入ると、復帰後のキャリア形成は本人も会社も「手探り」になりがち。本人の意欲や能力を引き出し、支える仕組みを作る企業も出始めた。
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人材サービスのエン・ジャパンは昨年4月、子育て中の女性が使うことの多い短時間勤務者向けの賃金制度の見直しを決めた。時短勤務者の仕事に一定の目標とランク付けをし、本人のやる気や能力に応じて収入に差が出るようにした。
厚待遇への基準明確に エン・ジャパン
育休から復帰直後は、仕事のブランクや時間的な制約から補助的な業務を割り振られることも多い。それだけに時短勤務者の評価基準はあいまいになりがちで、本人の就業意欲をそぐ一因にもなりかねなかった。
新制度では、実際の残業の有無にかかわらず、基本給に一定時間分の残業代「見なし残業手当」がつく「厚待遇時短」と、基本給のみの「一般時短」に区別する。同社はこれまで時短勤務者にも一定割合で手当が支給されていた。
「厚待遇」の条件は、18段階からなる考課レベルの「4以上」。新卒5~7年目での到達が目安で「上司の手を借りず自立して仕事を実施できる」「後輩の指導もできる」などが求められる。早くレベル4以上に到達するなど「時間的制約が生じる前にキャリアと信頼の"貯金"を積んでおけば、短時間勤務でも選択肢が広がる」(平原恒作・人財戦略室長)。
新卒2年目で産休・育休を取得したエン・ジャパンの熊倉彩杏さん(27)。復職後に新制度が導入され、当時の考課レベルだと熊倉さんの場合、見なし残業が付かず、年収が100万円近く下がる計算だった。「会社を辞め、実家に戻ることも考えたが、結果的には頑張る目標になった」と振り返る。
上司には「時短でもアウトプットの質で勝負しろ」と鼓舞され、キャリアアップにつながる業務を任された。今は求人広告の制作進行などのマネジメントを担う。「戦力となるレベルに達しないまま休職した後ろめたさもあったが、新制度のおかげで、明確な目標ができた」という。7月には「厚待遇」の対象に昇格予定だ。
育休後コンサルタントの山口理栄さんは「何歳で産んでも安心な社会にならないと少子化問題は解決しない。企業は出産時期を制限するかのようなメッセージを発してはいけない」と指摘。むしろ「若くして育休を取った人はキャリアが短い分、転職より今いる会社で働くことを望む人も多いだろう。スキル向上につながる組織運営が重要」と強調する。
ガイダンス、先輩に相談 サントリー
「同期はもちろん、学生時代の友人の中でも早い出産だった」と話すサントリー酒類で家庭用の営業企画を担当する高橋未希那さん(30)。入社5年目に産休をとった。新卒で千葉支店の営業部門に配属、仕事はやりきったつもりだったが「休業に入って大丈夫か」とキャリアへの不安は消えなかった。休業中、自分の希望部署に異動する同期の人事に焦りも感じた。
そんな高橋さんの支えになったのが、会社の産休・育休対象者向けのガイダンスだ。育児経験のある先輩社員らが、育児でのパートナーの協力について話したり、保育所探しのための情報を提供したりする。社歴の浅い社員にとっては、復職後も力強い社内ネットワーク作りの場だ。
高橋さんは高い生産性が求められているのは自覚している。休職前に営業で培ったフットワークで社内調整にも走る。産休・育休の取得で感じていたキャリアへの不安は「集中して仕事をし周囲に良い影響を及ぼしたい」という熱意に変わり、前向きに働き続ける。
サントリーホールディングスでは出産後の復職率はほぼ100%。それを支えるのは手厚い支援制度だ。例えば会社が最長7カ月間のシッターを確保し、費用も一部補助する「つなぎシッター制度」。高橋さんも「保育所に入れなくても1年で復職を決めていた」というほど心強い制度。「育児経験は時間管理や広い視野などスキルアップの源。早期復帰しやすい態勢整備が大切」(人事部の蔭山咲代子さん)との考えから導入している。
スムーズな復職を目指し、育休中に専門知識を得ようと努める人も増えている。ビジネス知識の勉強会「育休プチMBA」を主宰する静岡県立大講師の国保祥子さんは「勉強会に参加すること自体が、育児以外の活動のために周囲の協力を得る練習になり、復職後の生活スタイルの先取りにもなる」と意義を語る。
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企業は「当事者意識」を ~取材を終えて~
「キャリアの前倒し」の重要性が指摘されて久しい。出産や介護の時期は自分の意思だけで決められない部分がある。いつ職場を長期間離れることになっても円滑に復帰できるよう、必要なスキルを習得しておく「保険」の考え方でもある。育児のための短時間勤務が女性に偏りがちな現状では、とりわけ女性のキャリアップのためには重要で現実的な視点だろう。
企業の成長に個人の成長は不可欠だが、目先の成果だけを求めると育成は後回しになりがちだ。成長の時期や速度、きっかけには個人差もある。本人の意欲と最低限の能力が大前提だが、企業が人材の多様性を重視するならば、現場が成果を追うだけでなく個人の育成にも取り組めるよう、中長期的な視点で「当事者意識」を持つ姿勢が求められる。
(嘉悦健太)
[日本経済新聞朝刊2018年5月21日付]
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