衝撃受けたNYの多様な働き方 日本で浸透めざし起業カレイディスト 代表取締役 塚原月子さん(上)

「日本のBCGは当時、規模が小さく、メンバーはほとんど日本人で、全員、東京にいることが多かったんです。NYに行ったら、人種も宗教も多様。同じプロジェクトチームの中に、ボストンオフィスの人もいれば、シカゴオフィスの人もいた。なにしろ、居場所がバラバラなんです。必然的にメールや電話会議でのやりとりが多くなり、提案資料のスライドを1つ作るのでも、マネジャーが手取り足取り指示できない。意図が伝わらなかった場合にやり直すことも想定し、あらかじめ余裕を持って全体のスケジュールを組んでおくなど、マネジャーがいろいろと工夫していました」

BCGでは1つのプロジェクトを「パートナー」「プロジェクト・マネジャー」「数名のコンサルタント」というチーム編成で担当していた。プロジェクトの期間は、おおむね数カ月だ。9月に帰国するまでの間、塚原さんは現地で複数のプロジェクトに携わった。

「そのうちの1つが、ある製薬会社から依頼されたダイバーシティー関連のプロジェクトでした。迎え入れてくれたプロジェクトマネジャー(男性)は、かなりユニークな属性の持ち主。国籍はアメリカでも、祖父母と両親、それぞれのルーツが違うんです。親戚が話す言語がすべて異なる環境で育ったので、子供のうちから6カ国語ぐらいを習得しないといけなかった。必然的にいろいろな言語に興味を持つようになり、私が出会った当時は、ちょっとした日本語も含めて10カ国語以上を話せるようになっていました」

BCGで知ったしなやかな働き方に目を見開かされたという

プロジェクトマネジャーの上司にあたるパートナーは女性で、宗教上の理由から、「金曜日の夕方から土曜日にかけてメールは返信しない」と宣言していた。彼女が4人の子供を育てながらパートナーの重責をこなしていることにも塚原さんは驚いたという。パートナーは共同経営者であり、一般的な役職名で言うと「役員」に相当する。

「彼女は当時、自分の時間の2、3割をクライアントワークに、残りはアドミニストレーション、つまりバックオフィス的な仕事に費やすという働き方をしていました。日本ではそんな働き方をしている人に会ったことがありませんでしたから、目からウロコが落ちる思いがしました」

上司が発案「マネジャー職をワークシェアしては?」

オフィスにいる時間の長さではなく、成果で評価する――。日本でも近年、「働き方改革」を巡ってそのことの是非が議論されているが、06年当時からBCGのNYオフィスでは、場所や時間にしばられない多様な働き方が既に認知され、公然と受け入れられていた。

NYに滞在中、子供を出産して間もない女性のプロジェクトマネジャーがクライアント企業に常駐しながら時短勤務している姿も目撃した。そのような事例を数多く見ていたせいか、東京のオフィスに戻ってから数カ月後の07年12月に第一子を出産した際も、「何とかなるだろう」と気楽に構えることができた。

「そのころはすでにプロジェクトマネジャーを任される立場になっていましたが、育休から復帰すると、迷うことなく時短勤務を選択しました。時短で働くことに関して、異を唱える人はいなかったと思います。ただ、プロジェクトマネジャーをしながら時短勤務するのは前例がなかったので、その点について上司とはかなり話し合いをしました」

上司がひねり出してくれたのが、マネジャー職をワークシェアすることだ。プロジェクトの中に別のプロジェクトを立てて、リーダーを2人体制にしたうえで、塚原さんをバックアップできる環境を整えてくれた。

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