イクラの漬けやカラスミ ギリシャ土着ワインの好相性
紺ぺきの海を臨む、強い陽光に輝く白い壁の家々が並ぶサントリーニ島。エーゲ海に浮かぶ大小6000ほどの島々の中でも、特に観光地として人気が高い島だ。ギリシャ最古の文明が栄え、神話の舞台となったキクラデス諸島の一部で、高級ホテルやレストランがにぎわいを見せる。少し前には、女優の竹内結子さんを起用したサントリーのビールのCMのロケ地ともなったので、冒頭の島の様子をご記憶の方も多いだろう。
実は、この島では世界でもほかに例を見ない変わったワイン用のブドウ作りをしている。日本でよく見るようにブドウを棚に作ったり、海外で一般的なブドウの木を垣根のように並べて栽培したりする光景はサントリーニ島では見られない。なんと、1本1本を籠のような形にして栽培するのだ。
こんな風変りな栽培方法をとるのは、海風が非常に強く、ほかの方法では栽培できないため。木を高く育てることができないので、枝をくるくると巻き籠状に仕立てるというわけ。
サントリーニ島は島全体が活火山の島。三日月型をしていて、内湾が噴火口になっている。つまり、海中に噴火口があるという珍しい地形だ。島は火山灰とごつごつとした石に覆われていて、年間雨量はたった200ミリ程度らしい。砂漠のように乾燥した土地だが潅漑(かんがい)はせず、毎朝霧が立ち込めるため、その水分でブドウが育つのだという。荒々しい土地にコロンとした籠型のブドウの木が点在する姿は、異世界を見ているようだ。
ヨーロッパのブドウは、フィロキセラという害虫により19世紀以降壊滅的な被害を受けた。サントリーニは火山灰に覆われた土地がフィロキセラを寄せ付けなかったことで被害を免れ、古い木が生き残り、根の部分は数百年前のものもあるという、ワインの歴史の「生き証人」のような土地でもある。
ワインの世界では長らく、赤のカベルネ・ソーヴィニヨン、ピノノワール、白のシャルドネといった、数種の国際品種と呼ばれるものに人気が集中していた。
「10年前は、フランスだけでなく世界中どこに行っても、『じゃあ、カベルネ・ソーヴィニヨンを飲もうか』なんて風に人々は言ったものです」と言うのは、英国の認定組織によるワイン業界において最も名高い資格マスター・オブ・ワインをギリシャで初めて取得した、ギリシャのワイン商社アイオロス社のコンスタンティノス・ラザラキス氏だ。
続けて、「今では消費者がもっと新しいもの、違う味わいのワインを求めて地場品種に目が向くようになりました。ギリシャは、生産量はフランスなどには及びませんが特殊な地場品種が多く、味わいにバラエティーがある。ここ10年で市場が大きく変わりました」。5000年以上のワイン作りの歴史を持ち、「エノホイ」と呼ばれる世界初のソムリエ誕生の地であるギリシャには、約300種の地場品種があるらしい。
そうした中で、特に注目を浴びているのが、サントリーニ島の白ワインの土着品種であるアシルティコで、「地中海のワインの中で、最高品質のブドウ品種」とラザラキス氏は評する。「辛口、甘口両方のワインに仕立てることができ、パワーがある。20年ほどの長期熟成にも耐えます」と言う。
サントリーニ島は日照時間が長いためブドウの糖分が上がりワインのアルコール度数が高くなるのだが、アシルティコは、そうした場合には失われがちな酸度も非常に高いという珍しい品種。辛口ワインのpH値はレモンジュース並みで、これに土壌の特性から強いミネラル感が合わさり、風味豊かなワインとなる。「私は、よくこれをすしに合せているんですよ」とラザラキス氏。ギリシャ料理の定番、イカのグリルやカキにもぴったりだと言う。
青リンゴや白桃のような味わいがあるというあるアシリティコを100%使ったワインを飲んでみると、なるほど、確かに強いミネラル感の中にリンゴや桃のような味わいがのぞいて楽しい。「酸度が高いので、口の中をすっきりさせてくれる効果があるんです」とは日本でこれを輸入する会社の社長。
フランスやイタリアワインを輸入していたが、最近アシルティコを知り、これを手掛けるようになったという。「酸が強いので、パワーがある食材がアシルティコにはもってこいなんですよ」。通常は、ワインと合わせると生臭さを感じることが多い、イクラのしょうゆ漬けやタラコ、カラスミ、ウニと相性がいいと言う。
現地の食材では、サントリーニ島の名産である豪快に日干ししたタコに合わせるのがお薦め。「グリルにしたものにレモンをかけて食べたりするんですが、味が凝縮していて驚くほどおいしくて。これとアシルティコの組み合わせは最高です」。サントリーニは、やはり活火山がある桜島ほどの面積の島。「アシルティコは、アジの開きにも合いますよ」と先の社長は教えてくれたが、タコの日干しの風景に日干した魚が並ぶ日本の風景が重なった。
ちなみに、この地で作られる甘口ワインは、実はイタリアのデザートワインとして知られる「ヴィンサント」の先祖。ヴィンサントは、この地で作られ始めたものが、ベネチアの商人によってイタリアへ広められたものなのだ。天日干したブドウを2年以上オーク樽で熟成をさせて作る琥珀(こはく)色をしたサントリーニのヴィンサントは、上質のハチミツのような味わいだ。
ギリシャワインを一躍有名にしたアシルティコだが、それだけでなくここ10年ほどでギリシャワイン全体へのニーズも高まっている。ギリシャでは元々、地元消費のワインばかりを作っていたが、近年は世界市場を狙ったワイン作りが進められ、大きく品質が向上したからだ。白ワインだけでなく、赤やロゼなども注目を集めている。日本へのギリシャワインの輸出も、2017年には金額ベースで対前年比28%の伸びを示した。
ギリシャでは、松ヤニが入った伝統的なフレーバーワイン(香味付けワイン)「レッチーナ」が人気で、これにはギリシャで最も広範囲に栽培されているサヴァティアノという白ブドウが主に使われるが、「あまり高い品質ではないと思われいたこうしたブドウ品種からも、レベルの高いワインが作られてきています」(ラザラキス氏)と言う。
かつてワインが貯蔵された土器の甕(かめ)アンフォラの口を封じるのに使われていた松ヤニが酒に溶け込んだことから生まれたというレッチーナだが、以前ある店で飲んだ際、独特のきつい香りがして飲みづらかった覚えがある。
ところが、このサヴァティアノを使った新しいスタイルのワインを飲んでみたところ、マスカットのような香りがして飲みやすい。同じサヴァティアノとは思えないほどだ。
「値段が高くなり過ぎた国際品種に比べ、ギリシャワインはコストパフォーマンスがいいところも魅力です」とラザラキス氏。これまで、1つのワイナリーでしか作られていなかった品種が人気となり、多くの生産者で作られるようになるなど生産状況は次々に変化しており、あまりの変化に、同国を拠点とするラザラキス氏でさえギリシャワインの変貌をカバーしきれていないという。
そんな懐に優しい新しいブドウとの出合いを楽しみに、ギリシャの青い海を思い浮かべながらグラスを傾けるのも一興だろう。
(フリーライター メレンダ千春)
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