記念日より毎日の食を大切にしたい 兼子シェフの流儀
ガストロノミー最前線(7)
無駄を省き、シンプルなスタイルにして、コストパフォーマンスを上げる。現代人の生活にフィットするスタイルを生み出す。兼子大輔シェフの仕事の領域はレストランのシェフから食生活のプロデュースへと広がりつつある。
2012年2月の開業以来、2年おきに新店を立ち上げ、2016年時点で3店舗を営む。すべて異なる業態で、いずれも独自性が高い。それらを見ていて思う、兼子大輔シェフは仕組み作りがうまい、と。
1店目のフランス料理店「ラス」(東京都港区)はオープンまもなく予約の取れない店になった。3週間ごとにメニューが一新される5000円のお任せ1本。調理スペースと客席が一体化した空間で、客はテーブルの引き出しに収められたカトラリーを自ら取り出して使う。2店目の「コルク」はワイン主導の店だ。まずワインを選ぶ。と、選んだワインに合う料理が自動的に付いてくる。ワインありきのシステムがユニーク。どちらもレストランの晴れがましさとシャレ感がありながら、価格帯の手の届きやすさは一緒である。
可能にしているのは、空間、人材、食材などのロスを取り払ったオペレーションの精度の高さだ。そこを兼子さんはとことん突き詰め、コストパフォーマンスを上げていく。
記念日に興味がない
そして16年3月、兼子さんは、テークアウトとイートインから成るデリ「レシピ&マーケット」をオープンさせた。場所は東京ミッドタウン。10坪の店先に並ぶガラスのキャニスターや紙容器には、フレンチの技を駆使したリゾット、スープ、サラダが詰まっている。個々に調味されたとりどりの具材、凝固させて角切りにした濃密なソースがフォトジェニックだ。リゾットはレンジで温め、スプーンでよく混ぜ合わせて食べる。すでに毎日買いに来る常連もいる。
「フレッシュズッキーニとテット・ド・モワンヌのサラダ」。スイス・ベルン州のチーズ、テット・ド・モワンヌとバナナのねっとりした食感同士を合わせ、カルダモンの風味をプラス。ズッキーニの青々としたフレッシュな味わいとのコントラストが新鮮
「レシピ&マーケット」を始めるにあたって、店とは別の場所にアトリエを設けた。多店舗展開を想定してのことだ。
コンビニ弁当の代わりを提供できたら、価値ある仕事になるんじゃないか――それが「レシピ&マーケット」の動機だった。「一晩一組の客を幸せにするよりも、みんなの普段の食事の役に立ちたい。記念日には興味ないんですよ。記念日より、毎日を大事にした方がいい」
アトリエで一元管理すれば安定したクオリティーで提供できる。店は10坪でいい。デパ地下にもエキナカにも出られる。
「誰にでも挑戦できる業態ではないと思っています。メニュー開発やプレゼンテーションの発想力はもちろんだけど、物件が借りられる信用、オペレーションシステムの構築、人材の収集……必要とされる能力が多岐にわたる」
展開可能なデリを作り上げた自負は大きい。
色気とセンス
アイデアを使える形に落とし込み、伝わる形で提示する能力にたけている。「ミシュランの星には興味がない。それよりも、勝てる土俵を自ら作り出すのが僕のやり方。社会に対してユースフルな仕事を実現することが自分の勝ち方」。他人の基準に寄り添うつもりはない。
料理には理屈の部分と理屈を超えた部分があって、たとえば後者の代表が色気やセンスだ。「それって、すごく大事」と兼子さん。センスはファッションから学ぶことが多い。学んで身につくものでもないけれど、「シェフになりたての頃から比べると、昔だったら作れなかった料理が作れるようになった気がする」。
それにしても2年に1店舗オープンは速いペースだ。「今の時代、勢いのあるうちに手を打たないと。そもそも、僕退屈が苦手なんです(笑)」
東京都港区南青山4-16-3 南青山コトリビル1階
Tel 080-3310-4058
(予約受付時間14:00~17:30/22:00~24:00)
17:30~22:00LO
不定休
5000円(税別)
文=君島佐和子 写真=加藤純平
「料理通信」編集主幹。「Eating with Creativity」をキャッチフレーズに、食の世界の最新動向を幅広い領域からすくいあげている。
[日経回廊8 2016年6月発行号の記事を再構成]
前回掲載「食肉に手をかけ滋味増す 職人道追い求める楠田裕彦氏」もあわせてお読みください。
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