――会社の立ち上げに参加して、規模を大きくしたわけですよね。
「それは環境ですよ。需要があるのに抑えていた規制が緩和されただけなんだから、誰がやってもうまくいくし、売れるんです。だって、彼女に電話してもお父さんが出る心配はない、という道具が使えるようになるんですよ(笑)。だから、事業が拡大しても自分がえらいという実感はなかった」
「それよりも後に残ったのは、ドブ板営業の経験そのものでした。経験すれば、語ることができるでしょう。ある種のコンプレックス解消になりました。さんざん、『東大法学部を出た横文字のMBAさんなんかに、営業なんかできますかね』といわれましたから。上等じゃねえか、と。割と営業成績、よかったんですよ」
リーダーには「合理と情理」が必要
――その後、03年に産業再生機構に参加されました。経営者としての道を歩み始めたのはいつだったのでしょうか。
「経営リーダーを仕事としてやって行きたい、それが自分の天職だと思えたのは、コンサルティングの仕事、会社の創業、留学、会社の危機、大阪でのサラリーマン経験を経て、経営者の重要性を実感したからです。それが世のため人のため、役に立てる仕事だと確信できたのは、30代の終わりでした」
「産業再生機構でも、カネボウなどの大きな会社だけに関わったわけではありません。地方の交通会社や旅館、いわば『都会の高学歴大企業サラリーマン』とは全く違う世界で懸命に生きている人々と当事者としてシリアスに関わることになりました」
「リーダーは、経済性や競争の合理に強いことだけではうまくいきません。人間性の本質への洞察と、人間の情理にも強くなければ。人間は、習慣と感情の生き物ですから。この合理と情理の2つを状況に応じて巧みに擦り合わせ、組織メンバーに大きなストレスのかかる意思決定ができる。しかもメンバーが迅速、円滑に実行してくれるように組織を運営する能力がリーダーには求められます。一言で言えば合理と情理の実践的な正反合(正と反の2つを統合した、より高度な判断)能力なんです。そのためには、人生経験、特にリーダーとしてタフな、修羅場を経験することが重要なのです」
1985年東京大学法学部卒、92年米スタンフォード大学経営学修士。ボストン・コンサルティング・グループなどを経て2003年に産業再生機構の代表取締役専務兼COO(最高執行経営者)に就任、カネボウなどの再生案件に関わる。07年経営共創基盤を設立。
(松本千恵)