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なやみのとびら、著名人が解決!

恋していないとショパンは弾けないの? 著述家、湯山玲子さん

2018/5/17

著述家、プロデューサー。東京都生まれ。「女装する女」など著作多数。クラシック音楽のイベント「爆クラ!」を主宰。テレビのコメンテーターとしても活躍。

 ショパンを弾きたいけれど昔、ピアノの先生に「ショパンとかロマン派は恋をしていないと弾けないよ」と言われたことが引っかかっています。既婚で子供3人、恋どころか日々の生活に追われる私。何をどう弾いていいのやら。(岡山県・女性・40代)

 芸術方面で昔からよく取りざたされる「豊かな人生経験は芸の肥やしになるのか!?」問題ですね。

 結論はそうとも言えるし、そうとも言えないのです。前者の例は私が昨年の夏にザルツブルク音楽祭で経験した、ベルナルト・ハイティンク指揮、ウィーン・フィルによるマーラー交響曲第9番ですかね。御年88歳の老齢指揮者の意思を、楽団員全員が全力でキャッチし反応した音像は、マエストロの全ての人生経験の上に到達した“境地”だったことは事実。

 一方、八代亜紀さんがジャズのアルバムを出したときのインタビューは後者の良き例です。「歌には人生経験が反映されるのですか」という質問に対する彼女の答えはノー。「重要なのは、歌い出すまでのサウンドの良しあし。だから、アレンジが要」という意のことをおっしゃっていて、歌い手の生き方にうまさの理由を求めたインタビュアー(私です!)は拍子抜けしたことを思い出します。

 さてショパンの曲は、♯から突然♭の世界に移行する刺激的な音の快感やら、左手の和音の変化によって、旋律の表情が色彩豊かに変わるところなど、確かに恋愛状態を思い起こさせるセクシーさに満ちています。先生の発言には「自由で刺激に満ちた変化を快感としてたのしめるような心の訓練には恋愛が一番」という意が見て取れます。

 確かに、モラルに縛られ、安心安全を美徳とするセンスと、ショパンの音楽は真逆の存在。日々の生活に忙殺されることを結果的には選択している相談者氏にとっては危険な部類の音楽かもしれません。しかし、変化をたのしむしなやかな感性は、この時代、恋愛でなくても、旅や美食や芸術、日常の冒険で培うことが可能です。逆に今の日本で妻帯者の恋愛は、謳歌するよりも、ダメージをくらう確率の方が高いわけですしね。

 しかし、なんで先生はそんなことを相談者氏に言ったのか!? 語調からして先生は男性と思いますが、もしそうなら、それは芸術分野の師弟関係における古典的な口説きの手口ですよ。「オマエに足りないのは恋愛だァ」と師匠が押し倒してきた例は、上村松園(宮尾登美子の小説『序の舞』での話ですが)などなど、虚実取り混ぜ昔から多々あるので、ご参考までに!

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[NIKKEIプラス1 2018年5月12日付]

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