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子供140人生贄 550年前のペルーで何があった?

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/5/14

生贄になった140人の子供たちの年齢は5歳~14歳で、多くは8歳~12歳だった。ほとんどの子供が海のある西の方を向いて埋葬されていた。リャマは生後18カ月未満で、多くは東のアンデスの峰々の方を向いて埋葬されていた。

■1回の儀式で殺害された

研究チームは、広さ700平方メートルほどの遺跡の東側の、当時の状態をよくとどめている箇所で見られる乾燥した泥の層から見つかった証拠に基づき、子供とリャマはすべて1回の儀式で殺害されたと考えている。儀式が行われたとき、砂丘はこの泥の層に覆われていたが、埋葬のための穴掘りやその後の生贄の儀式の際に層が崩されたようだ。

考古学者たちは泥の層に、サンダルを履いた成人、犬、素足の子供、リャマの子の足跡が保存されているのを発見したほか、脚が4本ある生贄が抵抗して足を踏ん張りながら引きずられていった跡と思われる深い線も見つけた。

足跡の分析から、儀式の進行も再現できた。子供とリャマの集団は絶壁の北端と南端から連れてこられて、遺跡の真ん中で出会い、そこで殺害されて埋葬されたようだ。一部の子供とリャマは泥の中に放置された。

■空前絶後の儀式?

考古学者たちの結論が正しいなら、ウアンチャキト・ラス・リャマスは、人類史上、最大規模の子供の生贄儀式が行われたことの説得力ある科学的な証拠となる。

これまでに知られている子供を生贄とする儀式の中で、物質的な証拠が残っている最大のものは、アステカの首都テノチティトラン(現在のメキシコ、メキシコシティ)のテンプロ・マヨール神殿で42人の子供が殺害・埋葬された儀式である。

インカ帝国時代に生贄として捧げられたと思われる子供の遺体が山頂で発見されたときにも、世界の注目を集めた。

アメリカ大陸以外でも、フェニキア人の古代都市国家カルタゴなどの遺跡で発見された子供の遺体が生贄としてささげられたものかどうか、もしそうなら生贄の儀式は何十年も何百年も続いていたのかをめぐる議論がある。

赤色顔料が塗られた頭蓋骨、切りつけた痕のある肋骨、半分に切断された胸骨は、子供たちが儀式のために殺害された証拠だ(PHOTOGRAPHS BY JOHN VERANO)

だが、今回ラス・リャマスで見つかったような、意図的な集団生贄の儀式のはっきりとした証拠が発見されるのは、考古学的な観点から非常に貴重だとヴェラーノ氏は強調する。

ラス・リャマスで発掘された遺体の分析から、子供もリャマも、胸骨を横方向に切断して、確実に効率よく殺害されていることが明らかになった。切り口にちゅうちょした形跡がないことは、彼らを手にかけた人物が、この行為に熟練していたことを示している。

「殺害は、儀式の流れの中で、整然と行われたのです」とヴェラーノ氏は言う。

人間を生贄とする儀式は、あらゆる時代に、地球上のほとんどすべての場所で行われてきた。科学者たちは、そうした儀式が、社会の階層化とエリート階級による支配を通じた複雑な社会の形成に一役買ってきたと考えている。

しかし、英オックスフォード大学とドイツ、マックス・プランク人類史学研究所の博士研究員であるジョゼフ・ワッツ氏は、人間を生贄とする社会モデルのほとんどは儀式の中で成人を殺害する行為を前提としていると指摘する。

「子供を生贄とする儀式を説明するのは、ずっと難しいことです」と彼は言う。「ひとりの人間としてもそう思います」

■超自然的な力との取引

ラス・リャマスで行われたような、子供とリャマの子だけを大量に生贄としてささげる儀式は、考古学の世界でこれまで知られていなかったため、すぐに疑問の声が上がった。「チムー王国の人々はなんのために、そんな儀式をしたのか?」

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