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商業五輪が求める無償の奉仕 ボランティア頼みの矛盾

2018/5/11 日本経済新聞 朝刊

 五輪の大会運営でボランティアが活躍するようになったのは第2次世界大戦後の1948年ロンドン大会から。それまでは兵士とボーイスカウトが大会をサポートしていた。

 五輪は84年ロサンゼルス大会から商業主義にかじを切り、巨額のスポンサー資金やテレビ放映権料に支えられるようになったが、その後も大会の巨大化とともにボランティアへの依存度は高まり、2000年シドニー大会からは開催国以外からもボランティアが参加するようになった。

 今ではボランティアはアスリートに続いて大会の主役とされる存在である。2年後の東京はパラリンピックと併せて史上最多の8万人の大会ボランティアを募集する。

 ボランティアとはいえ条件は厳しい。原則として1日8時間、10日間以上の活動を求められ、事前の研修などもある。食事や飲み物は提供されるが、海外からの参加を含めて開催都市までの交通費や宿泊費は支給されない。一方、特典はポロシャツ、ジャケット、パンツなどおそろいのユニホーム。記念品が提供されることもある。12年ロンドン大会のボランティアにはキャメロン首相(当時)から感謝状が贈られ、大会後の英国チームの祝勝パレードに参加することもできた。

 国際オリンピック委員会(IOC)の委員もボランティアである。ただ、こちらは開催都市への渡航用チケットを支給され、宿泊には高級ホテルが用意される。豪華なパーティーでもてなされ、競技は特等席で観戦できる。昨今、五輪とIOCに世界中から厳しい視線が向けられる理由はこんなところにもあるのだろう。

(編集委員 北川和徳)

[日本経済新聞朝刊2018年5月10日付]

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