食肉に手をかけ滋味増す 職人道追い求める楠田裕彦氏
ガストロノミー最前線(6)
メツゲライ クスダ(兵庫県芦屋市)の楠田裕彦さんは日本でも数少ないシャルキュティエであり、メツガーである。前者は仏語、後者は独語で「食肉加工職人」を意味する。従来、ハム・ソーセージ職人と呼ばれてきた領域だが、彼が目指す世界はもっと広く深い。
取材に訪れた日は、窯では豚バラの塊がブナのおが粉で燻(いぶ)されて3日目を迎えていた。さらに4日間燻し続け、アルザス式のベーコンになるという。肉塊の表面は黒々と威容を放ち、猛々(たけだけ)しい。7日間ぶっ通しで燻し上げられ暁にはどんな味になるのか?
「料理人から言われます。彼らが作るのはその場その場のおいしさ。ここで作られるのは1カ月先、あるいは1年先のおいしさ、と」
そう、食肉加工職人である楠田さんが施すのは、調味というより変化だ。肉に味わいやテクスチャーの変化を起こさせるのが彼の役割。そのために不可欠なのが時間である。時間が経過して滋味を増すような手のかけ方をする。それが楠田さんの仕事の要諦だ。
生活とは切り離された技術
楠田さんは、ドイツ南部のバート・ザウルガウで500年以上続く「メツゲライ・ヌスバウマー」で3年間、その後、パリで1年ほど働いて、欧州の食肉加工技術を習得した。「ドイツの店では『日本人なのに、なぜ、これらの技術を学ぶのか。君の国の文化じゃないだろう?』と聞かれました」
楠田さんは答えた。父親がハム職人だったこと。自分も物心ついた頃からこの道を目指してきたこと。すると、彼らは懇切丁寧に指導してくれた上、門外不出のレシピまで教えてくれたという。
修業先には100を超えるほどの肉加工品の種類があり、冬が間近になれば、農家に呼ばれて、豚の解体も請け負った。「農家の建物には豚を潰す際に使う滑車を設(しつら)えられていました。"冬前に豚を潰して保存食にする"とは聞いていたけれど、事実、生活に根ざした文化であることを実感しました」
大理石のような断面が美しい。上/ラング・ド・コション・エ・ビスターシュ(豚肉、豚レバー、豚タン、ピスタチオのテリーヌ)、中/テリーヌ・ド・カナール・オ・フォアグラ(かも肉、豚肉、フォアグラのテリーヌ)、下左/パテ・ド・カンパーニュ(豚肉と豚レバーのテリーヌ)、下右/テリーヌ・ド・サングリエ・オ・シャテーヌ(いのしし肉、豚肉、栗のテリーヌ)
2004年、芦屋に「メツゲライ クスダ」を開店。10年目を迎えた13年秋、フランスのシャルキュティエコンクールに出場する。そこで今度は、生活とは切り離されて華麗に花開いた肉食文化、肉食民族の創造性を目の当たりにした。
「普段の仕事の中では使われない高度な技術があることを思い知ったのです」
ハム、ソーセージ、パテ、テリーヌといった肉加工品は、保形性が高く装飾性を持たせることができるため、パーティー料理の1ジャンルになっている。パテの中に様々な柄を描き出し、デザイン豊かに表現する、その発想を支えるテクニックに楠田さんはショックを受けた。「肉でデザインするということは、成分の異なるパーツを組み合わせることであり、タンパク質や筋繊維といった組織をコントロールすることを意味します。豚を潰してたべるという言葉では語りきれない知識と技術が蓄積されている」
職業として確立させたい
コンクール以降、フランスの意識の高い職人たちと密に連絡を取り合い、技術の伝授を受けるようになった。
「コンクールに参加して自分の進む道が見えた。シャルキュトリーの正当な技術を日本で広めたい。いっそう緻密な仕事を心がけるようになりました」
今、楠田さんが使う豚、鶏、牛、ジビエは20種に及ぶ。今帰仁(なきじん)アグーなど希少な種も少なくない。彼の目と腕を信じて、「使ってほしい」という生産者からのアプローチも多い。おのおのの肉質を把握しながら、ハムへ、ソーセージへ、パテへと形を変えていく。「シャルキュティエという職業を1ジャンルとして確立させたいのです」。欧州の肉食文化を背負っていく、その覚悟はできている。
兵庫県芦屋市宮塚町12-19
Tel 0797-35-8001
10:00~18:00(イートイン 11:00~17:00)
水曜、第3火曜休
公式HP metzgerei-kusuda.com
文=君島佐和子 写真=加藤純平
「料理通信」編集主幹。「Eating with Creativity」をキャッチフレーズに、食の世界の最新動向を幅広い領域からすくいあげている。
[日経回廊7 2016年4月発行号の記事を再構成]
前回掲載料理の先に「平和見ている」 生江シェフのイマジン もあわせてお読みください。
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