料理の先に「平和見ている」 生江シェフのイマジン
ガストロノミー最前線(5)
「いつも目の前にピースマークがある」と「レフェルヴェソンス」(東京都港区)の生江史伸シェフは言う。料理人の立場で、店の枠組みを超えて、積極的に社会と関わり、より良き社会を夢想する。そんな姿に新しい料理人像が見えてくる。
2015年、生江シェフは多忙を極めた。
ミシュランの星を増やし、レストランランキングの順位を上げるといった店の評価の上昇に加えて、レストラン外の仕事の要請が引きも切らなかったためである。彼は頼りにされている――間違いなくそう言える。
持ち込まれる仕事は大きく4つ。(1)国内外の料理学会やシンポジウムへの参加(2)海外シェフやジャーナリストのための日本食ガイド(3)海外シェフとのコラボ(4)産地の視察および生産者との交流。
例えば、世界のトップレストラン「noma」が東京で行った1カ月余に及ぶ特別営業に際して、食材のアテンド役を務めた。「山へ行きたい」という要望に応えて、白神山地や長野の山奥へ導き、発酵の研究に余念がない彼らのために"発酵の聖地"と称される料理店や蔵元へも案内した。一方、世界規模の食カンファレンス「ワールド・オブ・フレーバー」に参加すべく米国ナパへ、「スローフード・アジアパシフィック・フェスティバル」で韓国へと、海外での活動も少なくない。
社会との関わりを開拓する
料理人であることが望ましい。が、料理を作るだけでは済まない。今、そういう仕事が増えている。自然環境や人の生き方を考える上で食が鍵を握るのは社会の共通認識だが、料理人の知見を生かすにはロジカルに語れる、概念を伝えられる人材が要る。そんな役回りが彼に集中する。
「人とのつながりを表現している」と語るスペシャリテ「西と東と~お野菜たち」。料理と共に「敬愛するすばらしきArtisan(職人)たち」と題して生産者の名前が記されたカードを手渡される。野菜は40~45種。個々の特性に合わせて料理がなされている
料理界では稀有(けう)な経歴の持ち主だ。ICU高校卒業後、慶応大学法学部に進学。「ジャーナリストを目指していた。難民問題などに心動かされていて」。だが、学生時代の飲食店でのアルバイトをきっかけにこの世界へ。修業時代には、フランスのミッシェル・ブラスと英国のヘストン・ブルメンタール、現代ガストロノミーを代表する2人のシェフの下で働いた。前者は己の足元の自然表現に価値を見出し、後者は科学的アプローチによって新しい表現法を開拓し続ける人物。いずれも料理は独学で、独自の哲学と方法論を構築している。料理は何によって立つのか、料理で何ができるのか、等々、2人から与えられた示唆は大きい。
料理でメッセージを伝える
昨年、生江シェフは、他者からの要請のみならず自らも精力的に動いた。8~9月、店を改装した折にたっぷり1カ月、北欧各国とフランス、アメリカを回り、各地のシェフ仲間とコラボを繰り広げながら、現地の食事情を視察。国内では、自然派ワインの造り手として名高い山梨「ボーペイサージュ」の岡本英史さんと意見を交わし合い、志の高い生産者を共に訪ねた。大みそかには「Re-think Food Project…捨てられそうな食材を救うNot for Sale party」にも参加した。
「ガストロノミーだけ見ていてもだめ。ジャンルを超えて橋を架けなければ」
ジャーナリストにはならなかった。けれど、料理を通じて社会にメッセージを発信することはできる。料理という実体が伴う分、実感は持って受け止めてもらえる。持続可能な栽培法で営む農家の野菜を使い、規模は小さくとも徹底した栽培と仕込みを実践する造り手の酒を運ぶことで、より望ましい生き方とは何なのか、伝わるメッセージはあるはずだ。
「ジョン・レノンのイマジンを聴いた時、アートが社会運動になる事実に心動かされました。唐突に聞こえるかもしれませんが、自分の行動の先に見ているのはいつも平和なんです」
東京都港区西麻布2-26-4
Tel 03-5766-9500
12:00~16:00(13:30LO)
18:00~23:30(20:00LO)
日曜、月曜休
昼1万円、夜2万円(いずれも税サ別)
文=君島佐和子 写真=加藤純平
「料理通信」編集主幹。「Eating with Creativity」をキャッチフレーズに、食の世界の最新動向を幅広い領域からすくいあげている。
[日経回廊6 2016年2月発行号の記事を再構成]
前回掲載「イタリア仕込みの技術と知識 古澤氏が伝える日常料理」もあわせてお読みください。
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