最初の顧客は伊藤博文 明治元年からスーツづくり神戸・元町の柴田音吉洋服店(上)

――1871年(明治4年)に洋服の着用を促す「服制変革の内勅」、72年に「大礼服通常礼服の制定」の布告と、洋服に対する改革が矢継ぎ早に行われました。直衣中心だった明治天皇も、軍服から礼服、日常服へと洋装化していきます。

■目測で明治帝のサイズを測る

「明治天皇の身体に触れて直接採寸するのはおそれ多いので遠くから目測でサイズを測ったというエピソードが伝わっています。採寸のポイントなるのは肩幅で、日本人は大体22~25センチです。だから立ち姿を見ただけでも作れないことはない。しかし実際は侍従の方らにお召し物を借りて参考にしたと思います(笑)」

――1883年(明治16年)に現在まで続く柴田音吉洋服店を設立しました。

「神戸・元町に3階建ての洋館を構え、1階が店舗、2階が応接間、3階を縫製工場にしました。店内にはシャンデリアやヨーロッパ王朝風のテーブルや椅子を備えました。3階の工房も机、椅子での作業で、当時としては珍しかったようです」

創設当時の柴田音吉洋服店
顧客を迎える1階

――現代の目から見て、初代音吉のスーツ作りの特徴はどこにありますか。

「カペル氏の下で修行したのですが英国風のピタッとした基本から、若干ゆったりめに作っています。着物から洋服へ移行する時代に、一般人も違和感がないように配慮したのでしょう。その作風は現代の当店でも取り入れています」

(聞き手は松本治人)

後編「150年存続の秘訣『スモール・イズ・ビューティフル』」もお読みください。

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