こだわりの逸品

最初の顧客は伊藤博文 明治元年からスーツづくり 神戸・元町の柴田音吉洋服店(上)

2018/6/10

柴田音吉洋服店の5代目社長、柴田音吉氏

 2018年は明治維新から150年。日本の西洋化の流れは、明治時代に入って市民の日常生活にも急速に浸透していった。そのひとつがスーツ。1868年(明治元年)の起業以来、柴田音吉洋服店(神戸市)は5代にわたり、神戸市の繁華街、元町でビスポーク(ハンドメード)で背広を作り続けている。現社長の5代目柴田音吉氏に日本のスーツの歴史と今後について聞いた。

 後編「150年存続の秘訣『スモール・イズ・ビューティフル』」もお読みください。




 ――神戸市は「開国か攘夷(じょうい)か」で日本中が揺れ動いていた1868年(慶応4年)に開港しました。

 「初代柴田音吉は16歳のときに神戸に赴き、英国人のカペル氏が居留地に開いた洋服店、カペル商会(1869年=明治2年=開業)の一番弟子になりました。カペル商会は日本で最も早く開業したテーラーのひとつでしょう。音吉にはもともと和服縫製の技術があったようです」

■丁稚ではなく、パートナー

 「弟子入りに先んじて1868年、音吉本人も小さいながら自身の工房を開いています。カペル商会では『丁稚(でっち)』の待遇ではなく、パートナーのような扱いだったようです。カペル氏に連れられ、開業したばかりのオリエンタルホテル(1870年開業の日本最古級の西洋式ホテル)の洋食に行ったりもしています。音吉は近江商人の家で生まれ兵庫の庄屋の養子になったので、それなりの資産もあったのでしょう」

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