数学・音楽二刀流、フェリスに原点 東大卒ピアニストジャズピアニスト・中島さち子氏が語る(下)

試験は全て終わっていたのでほとんどの生徒は聞いていなかったかもしれませんが、私は興味をそそられ、挑戦してみたら、解けました。でも、解けた喜び以上に、なんでこんな不思議なことが起こるのだろうと、数学の神秘に魅了されたのを覚えています。

「音楽の世界に進むきっかけもフェリスの音楽の授業だった」と振り返る

中学2年の時か3年の時か忘れましたが、ふと、ある雑誌のマニアックな数学の難問を解くコーナーに投稿するようになり、投稿を通じて開成や筑波大学付属駒場(筑駒)、灘、甲陽学院などの生徒と知り合いになりました。数学オリンピックのことは彼らを通じて知りました。

また、フェリスには数学の先生が机を並べる部屋があり、部屋の棚には大学で学ぶような数学の専門書が並んでいました。数学への興味を深めた私は、先生に質問に行くついでに、専門書を借りては食い入るように読みました。それほど数学にはまっていました。

音楽に目覚めたのもフェリス時代だった。

国際数学オリンピックでインドに行った経験も、私の人生を大きく変えるきっかけになりました。

私は大好きな読書を通して世界のことを知っているつもりでした。学校の授業で世界や日本の歴史も相当学んでいるつもりでした。英語も大好きでしたから、正直自信がありました。

ところが、いざインドに行ってみたら、道端におびただしい数の人が所在なくたむろしているのを目の当たりにし、学校に行けない子供たちがたくさんいる現実に衝撃を受けました。

同時に、世界各地から集まった同年代の方たちとの交流を通じて、世界を初めて肌で知り、世界の多様性を実感しました。この時の皮膚感覚が、後に音楽の世界へと進む遠因になったような気がします。

音楽の世界に進みたいと思ったもう一つのきっかけは、高3の時の音楽の授業でした。大学受験間際の年末、先生からチームを組んで何か作品を発表しましょう、という課題が出されました。

同じチームに吹奏楽部の親友がいたため、吹奏楽部の人に声を掛けてクリスマスメドレーをやろうということになり、私が編曲を担当しました。実は、小さいころからピアノを習っていて、作曲や編曲も大好きでした。数学にはまったためピアノは中2の時に中断していましたが、久しぶりに弾いて色んな楽器の編曲をしてみたら、その楽しさを思い出しました。大学に入ったら音楽関係のサークルに入ろうと、その時思いました。

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