「桜はどこ?」訪日客が困惑 外国人記者の取材裏話
インバウンドサイト発 日本発見旅
英語圏からの訪日客向けに日本の観光情報を発信しているジャパンガイド。4月は1年でオフィスが最も閑散としている時期なのです。その理由は、日本列島を北上する桜前線を追いかけて、全スタッフが現地取材に出掛けているためです。しかし今年は異変が……。日本の観光取材の裏話を少しだけ紹介します。
「今年の東京の桜はもう終わっています」
観光地の取材という仕事は、どうしても天候に影響されます。中でも桜はとても繊細。「桜リポート(Cherry Blossom Reports)」というページのために、夫・シャウエッカーには、開花時期を予想し取材スケジュールを決めるという作業があり、毎年大変な思いをしています。
特に今年は困難を極めました。開花の時期も例年より早かったのですが、開花から満開までが驚くほどのスピード。こんなに早かったのは、桜の取材を開始して以来初めてではないかと思います。4月に日本を訪れてお花見をする予定だった外国人観光客は困惑していたようです。これから日本を旅行するというユーザーから、メールで質問がありました。
「4月14日に忠霊塔に行きたいのですが、桜は見られますか?」
忠霊塔とは山梨県富士吉田市の新倉山浅間公園にある五重の塔で、春は富士山と桜と五重の塔が1枚の写真に収められるスポットとして、外国人に大人気の場所です。例年なら14日はちょうど見ごろですが、今年は残念なことにもう終わっています。そこでシャウエッカーからのアドバイスは「河口湖周辺は忠霊塔より開花が少し遅いですし、忍野八海はさらに遅くなるので、そのような場所を目指してみてはいかがでしょうか。14日まで花が残っているかもしれません」というものでした。
ジャパンガイドの「Cherry Blossom Forecast」では、おすすめお花見スポットとしてたくさんの市や街を紹介し、開花や見ごろの時期を予想しています。九州から北海道までどこかで桜が咲いている期間は毎日2~3回、記事を更新しています。札幌が取材の最終地なので、例年はGW過ぎまで続きますが、今年はもっと早く終了するかもしれません。
主要都市の見ごろが過ぎてから来日する外国人観光客もいるので、「東京の(京都の)桜が終わってしまったら」というページも作り、桜前線がこれから向かう場所を紹介しています。今年のように桜が早く開花してしまった年に来た人もがっかりしないように、東北・北海道や高地のお花見スポットを紹介しています。
ちなみに、外国人観光客の急増とともに、残念なマナー違反がニュースなどで取り上げられることがあります。サイトでは、お花見などの際のマナーについてもきちんと伝えるようにしています。
一番苦労するのは天候
桜だけでなく、あらゆる取材で苦労するのが天気です。取材旅行のスケジュールは長期予報などを見て決めてあるので、直前になって天候が崩れる兆しがあると、もう祈るしかありません。台風直撃などで取材そのものを断念することもあります。
特に外国人観光客に人気が高い富士山やビーチ、スキー場の取材では、青空は必須です。日帰りできる場所なら行き直せばよいですが、沖縄のビーチ取材でずっと天気が悪いと最悪。軽い徒労感を覚えつつ、リベンジを誓いながら帰路に着くのです。
霧も困ります。シャウエッカーが日本に来たばかりの頃、高野山へ滞在時間2時間という弾丸取材を初めて決行したのですが、深い霧で数メートル先もよく見えなかったそうです。写真はどれも白いベールで覆われたよう。しかし奥之院の周辺だけは、かえってミステリアスな雰囲気が醸し出され、印象的な写真になりました。
通常の取材は平日に行くようにしていますが、お祭りや花火などイベントとなるとそうはいきません。宿と交通手段の確保、そしてどの位置でどう撮影するかなどプランを組んでおかなければなりません。
青森のねぶた祭は、最初に企画した年は宿が取れず、あきらめて翌年に再挑戦。どの予約方法が一番確実かリサーチして、宿泊日の6カ月前の朝9時に電話で予約することに。当日は15分前にスタンバイし、時報と同時に電話をかけ、ようやく部屋を確保できました。
初めて行くイベントの場合、様子が分からない難しさもあります。メディア席が設けられていても、必ずしも希望のアングルとは限りませんし、移動して撮影したい場合もあります。そのため、必ず2人以上で出掛け、会場では別々の場所で撮影にのぞみます。
時には一般の観光客と同じ場所から撮影することもあります。みんなお祭りモードになっているせいか、ときどきアグレッシブな人がいて、あたりに険悪な空気が漂うことも。なるべくよく見える所でいい写真を撮りたいのはみな同じですから、譲り合えればいいのですが。我々は一般の方の邪魔にならないよう、後方から撮影することが多いです。
数年越しの挑戦でベストショットを狙う
たった1枚の写真で、世界中から観光客が訪れるようになる場所があります。我々もそんなベストショットを目指して、1つの場所の取材に何年もかけることがあります。
初めて冬の白川郷(岐阜県)を訪れたのは2005年3月初旬でした。集落はまだ深い雪に覆われていて、すばらしい雪景色が撮影できた……と思ったのですが、地元の人に言われて気が付いたのは、合掌造りの屋根に雪がなかったこと。春の気配が近づくと屋根の雪は落ちてしまうのだそうです。ベストタイミングは1~2月と聞いて、いつか必ずと思ったのでした。
白川郷の冬のライトアップは例年1月下旬~2月上旬の週末。限られた日程しか行われないため、その日に集落内の宿を予約するのは大変難しくなります。2度目のチャレンジは11年1月。前年の夏にライトアップ開催日が発表されてすぐ民宿を予約。準備万端で出かけたところ、大雪のために特急が運休になってしまい、現地に行くことすらできませんでした。
3度目の正直で、民宿の予約もでき、悪天候のトラブルもなく、ついにライトアップされた白川郷の集落を撮影することができたのは、その2年後のこと。すべての合掌造りの屋根に雪が降り積もり、とても幻想的な風景でした。
開催が毎年ではない祭事の場合、取材にはさらに年月がかかります。
長野県諏訪地方の有名な「御柱(おんばしら)祭」は、数え年で7年目ごと(6年に1度)の4~6月に行われています。初めて行ったのは、私たちが日本に移住して間もない04年。しかしどういう立地なのかよく分からず、現地に行って歩き回ってはみたものの、よい場所が確保できませんでした。その年は「下見」と思って、再挑戦することに。
待つこと6年。2度目の御柱祭は、あらかじめ有料観覧席チケットを確保して、スタッフと3人で早朝出発。観覧エリアではさらに二手に分かれ、さまざまなアングルから撮影し、ようやく満足のいく取材ができました。御柱祭には異なる日程の見どころがたくさんあり、この年に観覧したのは下社の木落しだったので、次回行われる22年には、上社の木落しと川越しをぜひ取材に行きたいと思っています。
ジャパンガイド取締役。群馬県生まれ。海外旅行情報誌の編集者を経て、フリーの旅行ライターとなり、取材などで訪れた国は約30カ国。1994年バンクーバーに留学。クラスメートとしてスイス人のステファン・シャウエッカーと出会い、98年に結婚。2003年、2人で日本に移住。夫の個人事業だった、日本を紹介する英語のウェブサイト「japan-guide.com」を07年にジャパンガイド株式会社として法人化。All About国際結婚ガイド、夫の著書「外国人が選んだ日本百景」(講談社+α新書)「外国人だけが知っている美しい日本」(大和書房)などの編集にも協力。
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