畑耕しチーズ・生ハム 笹森シェフが弘前を選んだ理由
ガストロノミー最前線(3)
調理以前に遡って、食材の味から作り上げるシェフが増えてきた。わけても笹森通彰さんの徹底ぶりは見事だ。畑を耕すだけではない。チーズ、生ハム、ワインまで自家製する。そんな生き方が示唆するところは大きい。
「カンパニリズモ(田舎主義)」と笹森さんは呼ぶ。畑で育てる野菜が20~30種、ハーブは10種。果樹も植えられていて、イチジク、キイチゴ、クルミやアーモンドまでが実りを付ける。鶏小屋には烏骨鶏、冷蔵庫では竜飛沖で自ら釣り上げた50キログラムのマグロが熟成の時を待つ。そればかりではない。ブドウを栽培してワインを仕込み、生ハムをはじめとする肉加工品、チーズまでも手掛ける。
モッツァレラやブラータは国内コンクールで受賞するなど、そのクオリティーへの評価は高い。今、自家製がちょっとしたブームとはいえ、「ダ・サスィーノ」(青森県弘前市)の自家製ぶりは「自給自足」と呼んだ方がいいくらいだ。「イタリアから帰国して、物件を探す前に市役所に行ったんですよ。豚を飼おうと思って」。が、宅地では飼えないことがわかり、諦めた。「自分で作れるものは自分で作ろう、と最初からそう思っていました」
食文化まるごとの実践
出身地の弘前で店を開くことは修業時代に決めていた。東京のようなマーケットではない弘前で営むにあたり、何を武器にすべきか? イタリアにいる時から考え続け、出した答えが「田舎でしかできないことをやる」
「イタリアの田舎では、家庭で豚を飼い、冬が近づくと潰して保存食をこしらえる。自分の畑で採れたブドウを醸造所へ持っていきワインにしたり、山里ではチーズも作ったりするんですよ」。向こうで最初に働いた店、ヴェネト州のミシュラン二ツ星レストラン「ドラーダ」がそうだった。それを弘前でできないかと考えた。
自家製のチーズ、肉加工品、野菜で構成されるアンティパストミスト。野菜は自家栽培、原材料となる乳や肉はほぼ地元産だ。青森産健育牛のプレザオラ、奥入瀬黒豚のプロシュート、岩木山高原豚のモルタデッラなど。「"ご馳走"という言葉の意味を大切にしたいという思いもあります」
現地の食文化をまるごと映し出そうとする笹森さんの生き方を見て、ふと思う。東京の店々で提供されてきたのは、つまり、部分的に切り取られたイタリア料理ということ?
「東京では食材からのスタートですよね。ここでは、食材になるはるか前まで遡ってスタートできる。野菜は種をまくところから。ワインはブドウから。肉は生きているうちから」
「ダ・サスィーノ」のスペシャリテに馬肉のTボーンステーキがある。懇意にする生産者から馬を一頭買いして、骨付きで熟成させて使う。「生産者との距離が近いから、小柄の馬で、といった希望も聞いてもらえる。肩肉などはラグーやレトルトカレーに、脂は溶かしてコンフィにと、一頭を使い切らねばならない苦労はあるけど、その分、技の幅が広がって、調理の伸びしろも大きいと思う」
東京より明るい未来
とはいえ、「やりすぎはいかんと思うこの頃。身体がたりなくなってきた」。今後はワインにエネルギーを集中させるつもりという。2014年、新しく1ヘクタールの畑を買って、1300本の苗を植え、今年500本を植え増した。自宅の一部を改造した小さな醸造部屋で、90リットルの寸胴鍋をステンレスタンク代わりに仕込む。コルクを1本1本手打ちし、ラベルはのりで貼るガレージワイナリー。「料理は一瞬の命だけど、ワインは残る。畑は次の世代が継げばいい」
時流が激しい東京で店を長く続けるのは至難の業だ。でも、ここでができる。大地に根を張れば、ゆっくりと長く続く。
料理を出す。作物を作る。両輪で走るから描けるヴィジョンがそこにある。笹森さんは「"地方は不利"を逆手に取った」という。確かに、東京より明るい未来が続きそうな気がする。
青森県弘前市本町56-8
Tel 0172-33-8299
18:00~21:00LO
日曜、月曜休
おまかせコース 10004円~(税サ込み)
文=君島佐和子 写真=加藤純平
「料理通信」編集主幹。「Eating with Creativity」をキャッチフレーズに、食の世界の最新動向を幅広い領域からすくいあげている。
[日経回廊4 2015年10月発行号の記事を再構成]
前回掲載「理系脳で五感に訴える料理空間づくり 米田肇氏の挑戦」もあわせてお読みください。
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