ボルトとアベベが一体に 日産、夢のエンジンの実力
電気自動車(EV)に力を入れている印象がある日産から、夢の「エンジン」が登場した。2017年末に北米で発売された「インフィニティQX50」に搭載されている「可変圧縮比エンジン」だ。エンジンパワーと低燃費を両立させる新エンジンを担当したエンジニアを小沢コージ氏が直撃した。
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夢の可変圧縮比エンジンとは?
小沢コージ(以下、小沢) まずは根本的なところからお聞きしたいんですが、そもそも「可変圧縮比エンジン」って何なのですか。シロウトにもわかるようにお願いします。
木賀新一(以下、木賀) まずは「圧縮比」とは何かと言いますと……。
小沢 それはダメです。圧縮比という言葉がそもそも分かりにくい。
木賀 なるほど(笑)。言葉で説明するのが非常に難しいのですが、そもそもエンジンとはシリンダー中のガソリン混合気をピストンで圧縮し、爆発させてパワーを取り出すシステムで、圧縮度合いを高めれば高めるほど効率が良くなるんです。それを指すのが圧縮比。例えば10ccの気体を1ccに縮めるエンジンだと圧縮比は「10」になります。
小沢 いわば注射器に入れた空気を、ピストンで押し込めば押し込むほど空気容積が小さくなってより大きなパワーが取り出せる。そういうイメージですね。
木賀 そうです、そうです。ただし、混合気を圧縮しすぎると自然に火が付いてしまう。それをノッキング(異常着火)というのですが、これが起きると、最悪の場合、エンジンが壊れてしまう。
小沢 アスリートも鍛えれば鍛えたぶんパフォーマンスは上がるけど、鍛えすぎると壊れちゃうみたいな感じですね。だから、そんなことが起きないようにエンジンは造られている、と。
木賀 エンジンの場合、よりパワーを出そうとして混合気を濃く、つまりガソリンを多く噴射すると、ノッキングが起きやすくなって圧縮比を上げられなくなります。逆に混合気を薄くするとノッキングが起きにくくなって圧縮比を上げられ効率が良くなるけど、パワーは出しにくい。そういう相関関係があって、パワー型エンジンと燃費型エンジンでは本来、最適圧縮比が異なるわけです。
小沢 そこが既存エンジンの限界で、今回は混合気の濃さに合わせて、圧縮比を可変させることができるようになったというわけだ。
木賀 実際、某社の低燃費エンジンは燃費はいいけど排気量の割にパワーが出ない。だから街中や渋滞時はいいけど、坂道や高速ではパワー不足でツラくなってしまう。そういうときは圧縮比を下げてバーンと燃やしてパワー出しましょうよという技術です。
パワーは3リッター、燃費は2リッター
小沢 リクツは分かりました。ただ、燃焼室容量をどう変えるんでしょう? 僕自身あのエンジンヘッド内のオワン形空間をどうやって変えるのかなあと思って。今までは難しかったんですよね?
木賀 実はアイデアだけは昔からあったんです。今回もそうですが、圧縮比を変えるといっても、燃焼室の形状を変えるわけではなく、ピストンの上限位置である「上死点」を少しずらす。具体的にはバリアブルで上下させるんです。
小沢 なるほど。確かにそれなら可変圧縮だ。
木賀 僕らは「マルチリンク式」と呼んでいますが、各気筒ごと、ピストンとクランクシャフトをつなぐ「コンロッド」の下にコントロールリンクと呼ぶ機構が付いていて、回すと全ピストンの高さが同時に上下します。
小沢 言ってみれば、コンロッドの長さが事実上可変するシステムですね。圧縮比はどれくらい変わるんですか?
木賀 14から8です。通常は10とか11とかですから、圧縮比8というのは日本でこれまで発売されたエンジンの中では一番低いはずです。
小沢 あり得ない低圧縮比だと。要するにパワーが欲しいパワフルモードでは圧縮比8でガンガン走って、パワーが要らない低燃費モードでは圧縮比14で効率良く走ると。ゆっくり走っているときは燃費が良くて、アクセルを踏んだらドカンとパワーが出る。確かこれって2リッター直列4気筒ターボエンジンでしたよね?
木賀 そうです。実際、新型VCターボの最高出力は現行3.5リッターV6エンジン並みなのに、燃費は同じエンジンと比べて27%向上しているんです。これは元々の2リッターターボより良い燃費です。
小沢 つまりパワーは3リッター以上で、燃費は2リッターターボ以下ということですね! そりゃすごい。早いところそのジキルとハイドの超二重人格ぶりを試したいとこですが、まだ米国向けのみですよね。
木賀 まずは17年末発売のインフィニティQX50と、今春発売の日産アルティマからです。
日産はEVしかやらないとは言ってない
小沢 可変圧縮比エンジンは、歴史ある技術なんですか。
木賀 昔から実現が夢とされていた技術です。今、マツダさんがやられているように高圧縮比エンジンは燃費面では理想的なんですが、どうしてもパワー面でツラくなる。そのデメリットを解決できますし、そうでなくともクルマほど過酷かつ幅広い環境で動いている内燃機関はありません。本来まわりの暑さや寒さ、気圧、走行スピードなどいろんな要素ごとに最適な圧縮比があるんですが、それを今まで無理やり1つで済ませていたので。
小沢 ところで木賀君と僕は一応、同じ大学の理工系学部のほぼ同期生なはずですが、ぶっちゃけそんなに天才肌でしたっけ?(笑)。
木賀 もちろん根本を考えたのは僕ではなく(笑)、日産総合研究所の青山俊一さんという60代の方と、僕らと同世代の茂木克也という人間が2人でパテント(特許)を出しました。僕は実際にエンジン開発を担当したまとめ役です。
小沢 ということは木賀君ではなく、その2人が大金持ちになる?
木賀 そこは分かりません(笑)。
小沢 実際どの辺が苦労したんでしょうか。そもそも最初の発想はどれくらい前のことで。
木賀 20年前です。
小沢 20年前! どんな歴史があるんですか。
木賀 当初あったのはモデル原理です。理屈はできていたものの、リンク機構にしても当時はいいギアがなく、代わりに巨大モーターを付けるなどしていたため、とてもクルマに載せられるようなものではありませんでした。それが第1世代で、第2世代は一応カタチにはできましたが、メカにかかる応力が非常に大きく、エンジンを2000~3000回転ぐらいしか回すことができなかったんです。
小沢 本来ものすごい力が掛かる真っすぐなコンロッドに妙なリンクが付いてるわけですからね。そりゃ力も逃げますわな。
木賀 次に試作ができたとしても、それを量産化し、我々のエンジン工場で造れるレベルにしなければいけない。この段階が第3世代でしたが、それでも完成しません。それからエンジンのキャリブレーションが無段階にできることになる。
小沢 そうか! 燃料の吹き方のマッピング、バルブ開閉タイミングやリフト量など、設定しなきゃいけない項数が飛躍的に増えるんだ。
木賀 1つのエンジンに2つも3つも違うキャラクターが存在するわけだし、しかもそのツナギ特性も考えなければいけない。
小沢 実際に走ってみたらアクセル踏んだとたんビヨーンと突っ走ったり?
木賀 最初はまさにその通りで「オマエら、レーシングエンジン造ってんのか?」と言われたこともあります(笑)。
小沢 なるほど。1つのエンジンの中にマラソンランナーと短距離ランナー、アベベとボルトがいるようなもんですからね。キャラ作りが大変だ。
木賀 やることはものすごく多かったです。
小沢 エンジン技術ってまだまだ先があるんですね。しかもそれをEVの日産が開拓し続けていることに驚きました。
木賀 そこにもちょっと誤解があって、日産はEVしかやらないとは言ってないんです。「ウェル・トゥ・ホイール」、つまり井戸(油田)からクルマまでというトータルなエネルギー効率で考えると、EV普及も大切ですが、ガソリン自動車もドンドン性能を上げていかなきゃならない。
小沢 木賀君、やっぱり頭良くなりましたね(笑)。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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