「百年後の人も幸せに」 成澤シェフが探求する料理道
ガストロノミー最前線(1)
料理人の役割が変わってきた。食の技を強みとし、レストランを超えたポジションを社会で獲得しつつある。最前線ではコンセプトと技術の両面から料理の進化が顕著だ。その先駆的存在、成澤由浩シェフの創造の源泉を追った。
この10年で世界のレストラン勢力図は一変した。フランス偏重は過去の話。スペイン、北欧、南米……刻々とトレンド発信源は移っていく。そのきっかけのひとつがレストランランキング「The World`s 50 Best Restaurants(以下、ワールズ50)」である。
ミシュランガイドが、専門の調査員によって判定される国別・都市別の評価制度なのに対し、ワールズ50は世界の食事情に精通した930余名の評議委員の投票で決まる。そこには国境もなければジャンルもない。世界規模での人気投票だからこそ、社会動向や時代の志向を色濃く反映する。
ワールズ50にランクインする日本のレストランは2店。うち、常に上位につけるのが、東京・南青山にあるNARISAWAだ。
土を食べる、森を食べる
NARISAWAの成澤由浩シェフを理解するにはワールズ50ランクインという実績はもちろん、部門賞「Sustainable Restaurant Award 2013」を獲得している事実を忘れるわけにはいかない。
成澤シェフはかねてより「サステナビリティ(持続可能性)とガストロノミー(美食)の融合」を掲げてきた。「今日、このテーブルに座った人だけでなく百年後、二百年後の人々も幸せにするのが料理人の仕事」がポリシー。料理が自然の恩恵の上に成立する以上、環境を守ること、その重要性を訴えることも自らの役割と考える。
デザート「椿と麹」。米麹ともち米を発酵させたペーストの上に、柚子風味の椿の花びらのジュレ、クリスピーな椿の葉脈。酒粕のソースを添え、最後に椿の灰(麹の保存に欠かせない)をふりかける。砂糖を使わず、発酵により引き出した米の淡く繊細な甘さに、柚子のほのかな酸味や葉の香ばしさがやさしいハーモニーを奏でる
発端はスープだった。生産者たちとの交流の中で知った彼らの大地に対する真摯な思いを表現すべく、土を使ったスープを生み出した。「レストランでサーブすると、みな一瞬、戸惑います。『どこの土?』『この土は安全なの?』という表情をする」
食べるという行為に直面して初めて人は人類の課題を自分のこととして捉える、と成澤シェフは悟る。「ダイレクトに食すことで意識が喚起されるのでしょうね」
続けて、水をモチーフにした料理を発表。2010年から取り組むのが、森をテーマとする料理の数々である。
従来、森は林業、すなわち建材の生育場所と見なされてきた。が、飛騨や石川の森へと分け入り始めた成澤シェフは、そこが食材の宝庫であると見抜く。「森を食べる」というコンセプトのもと、様々な木の芽、樹皮、間伐材を料理へ展開する研究を重ね、においこぶしのアイスクリーム、栗の木のパンなど、森の料理を誕生させた。それは料理の革新であると同時に、環境問題や食糧問題への示唆でもあった。
「今年の全国林業後継者大会にパネリストとして登壇しました」とシェフは笑う。食関係者では初の参加らしい。
日本文化の伝達者として
「森を食べる」コンセプトの背景には国土の7割が森という日本の風土がある。と同時に、支配するのではなく共存する日本人の自然観や万物に神が宿ると考える宗教観。「日本を知るほどに、その文化の深みにはまっていく」と言う。
今、取り組むのは日本の麹(こうじ)文化の独自的表現。伝統をグローバルに変換させて提示する。その代表作「椿(つばき)と麹」に関する発表を、今年2月、シェフの学会ともいわれる「マドリッド・フュージョン」(スペイン)で行った。
成澤シェフを見ていて思う。料理人はもはや美味の探求者に留まらない。料理を武器として、人々の意識を改革し、社会を覚醒させていく役割を担っているのだ、と。
東京都港区南青山2-6-15
Tel 03-5785-0799
日曜、月曜休
12:00~13:00LO/18:30~20:00LO
ランチは2万7000円、ディナーは3万2400円(いずれも税込、サービス料10%別)
文=君島佐和子 写真=加藤純平
「料理通信」編集主幹。「Eating with Creativity」をキャッチフレーズに、食の世界の最新動向を幅広い領域からすくいあげている。
[日経回廊2 2015年6月発行号の記事を再構成]
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