これで1日楽しく 落語のマクラ一挙公開
立川談笑
弟子の吉笑と交互に連載する「マクラ」エッセー。今回はちょっと目先を変えて、実際に高座のマクラで使っているジョークを披露します。気楽に読み流して下さいね。
●タクシーにて
「すみません、運転手さん。次の信号を右でお願いします。運転手さん?運転手さん!…おじいちゃん運転手だから耳が遠いのかな?ねえ、運転手さん!すみません!」
透明のプラスチックボードをたたくと、ようやく運転手が振り返った。
「ぎゃー!」
急ブレーキで停車すると慌ただしくシートベルトを外して車外へ出る。車を見て一息。我に返ったように運転席へ。
「ああ、お客さん、どうも失礼しました。取り乱しまして。おけがはありませんか」
「いったいどうしたんですか?」
「いやあ。私、つい昨日まで霊きゅう車専門だったもので。後ろから声をかけられるなんて」
●忍者
休日の昼下がり。若者ふたりが山道をドライブしていると、急ブレーキ。
「うわっ、どうした?」
「さっきのカーブに、忍者がいたんだ」
「忍者?この時代に?」
「いや、いたんだってば」
路肩に車を止め、ふたりが戻ってみると確かに忍者がいた。
黒ずくめの忍者衣装で、背中には刀。はいつくばるようにして、アスファルトにぴったりと耳をつけている。
「うわ、本当に忍者だ!」
「何かしゃべってるぜ」
「…赤のスポーツセダン。運転席には20代男性。助手席は20代女性。現在、時速80キロで南に向かって走行中」
「すごいよ! ねえねえ、忍者さん。どうしてそんなことが分かるんですか?」
「いま、その車に、ひかれた」
●素潜りの名人
南の島の海。ダイビングのインストラクターが生徒たちを連れて海に潜っていた。5メートル、10メートル。ふと横をみると、アクアラングの装備をつけていない男がついてきている。
「素潜りでこの深さとはすごいな」
さらに15メートル、20メートル。まだついてくる。
インストラクターは驚き、メッセージボードに書いて、みせた。
「どこで素潜りの技術を覚えたんですか?」
素潜りの男はボードを奪うと、手早く書いた。
「バカ!おぼれてるんだ!」
●バカ世界大会
「世界一のバカだなおまえは!ぶっちぎり!バカワールドカップがあったら、おまえは絶対に銀メダル間違いなしだな!」
「どうしてぶっちぎりで世界一なのに、銀メダルなんだよ?」
「きっと実力が発揮できないから」
●熟練のドライバー
「もしもし、おじいちゃん?運転中だよね。ごめんね」
「おう、マイコか。急用か?」
「あのさ、今テレビのニュース見て慌てて電話したんだけど。今走ってるの、東名高速だよね。やっぱりそうだ!今ね、東名高速を逆方向に暴走してる危ない車いるんだって。ねえ、そこだよ!気をつけてね、おじいちゃん!」
「わっはっは!なーに言ってんだ。じいちゃんは運転上手だから、逆走車だってパッと気付いてサッと避けちゃうんだ。あっはっは。ぶつかりゃせんよ」
「でもさ、いざとなったら分かんないじゃん」
「避けられるって!わっはっは。実はな、ついさっき、その逆走車とすれ違ったよ。こっちに向かって走ってくるから『危ねえ!』ってとっさに避けたところだ」
「うっそ~!」
「なぁに考えてんだか。運転してたのは若い男だったけど、えらいスピード出してた。高速で逆走なんて、とんでもねえ」
「良かったあ、無事で。もう、本当に心配してたんだから。じゃ、大丈夫だね」
「わーっはっはっは!おまえのおじいちゃんは、まだまだモウロクしとりゃせんよ。ほうらまた逆走車!また逆走車!こいつも逆走車!」
「…おじいちゃん!おじいちゃん!?」
●新婚の朝
「ねえ、結婚したんだって?」
「そうなのー!」
「いいないいなあ!朝はどっちが先に起きるの?」
「えっとね、彼。だからいつも起こしてもらっちゃうんだ」
「いいなあ!どんなふうに起こしてくれるの?」
「カーテンを半分だけ開けてね。ほら、全部開けるとまぶしすぎるから」
「わー!やさしいー」
「で、そっと肩をゆすってくれて、ほっぺにチュッ!って」
「わーわー、それでそれで?」
「『おい、起きろよ、めぐみ』って」
「いいなあ!毎朝?」
「そう。毎朝」
「そんな風に優しく起こしてくれる彼に、あなたはいつも何て言うの?」
「『めぐみじゃなくて恭子だよ』って」
●国家存亡の危機
某国の軍事訓練所。そこではVIP警護、つまりSPになるための最終面接が行われていた。
「きみはここまで射撃・格闘術の実技試験、筆記試験など、すべて優秀な成績だった。今から行うのは、最終面接だ。とっさの際の危機回避、判断能力を試す。この面接をクリアできれば、きみは晴れてSPとして採用される。いいな」
「はい。お願いします」
「きみは単独で最高指導者の身辺警護を担当している。会議場前の歩道を歩いていると、指導者めがけて猛スピードで突っ込んでくる自動車が1台。振り返ると後ろからは拳銃や刃物を手にした覆面の男たちが5人、最高指導者に向かって走ってきた。きみが持っているのは拳銃で、6発の実弾が入っている。相手は1台と5人。どの順番で拳銃を発砲する?国家の危機を救うためだ」
「ええと、最高指導者に向けて6発」
●ごめんください
「こんにちは。お父さん、いる?」
「いらない」
●犬と新聞
「ねえ、パパ。知ってた?うちのワンちゃん。とーっても賢いの」
「どうして」
「だってほら。いまあながた読んでるその新聞、今朝もあのこがとって来てくれたのよ」
「ふうん。でもその程度の犬なんて、世間にはいくらでもいるんだろ」
「うち、新聞とってないじゃない」
さあ、いかがでしたか。またいつかジョーク特集、ご披露しますね。
では、良い一日をお過ごしください!
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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