powered by 大人のレストランガイド
そうめんに麺つゆは欠かせない fotolia

とはいえ「麺にしか使わない」「それ以外にも使う」の間に、差異はあっても優劣はない。要は作り手がどういう気持ちで作るか。また使い手がどういう用途に使うか。そのマリアージュとマッチングに面白さがあるということだ。ここではすべて、多くの家庭で呼ばれているように「麺つゆ」と呼ぶことにする。

もともと麺つゆは、そばうどん店など専門店の門外不出の味を家庭で再現するための便利調味料として生まれた。私くらいの昭和ミドル世代は、来る日も来る日もそうめんだった夏の日を覚えているだろう。どこからかお中元で山のようにやってくるそうめん。

「お昼ごはん、そうめんでいいよね」という母親の、有無を言わせぬご託宣。「またそうめんか」と、正直うんざりしていた夏のそうめんが、ある年に突然おいしくなった。そう、今思えばあれがうちの実家の「麺つゆデビュー」の年だったのだ。

母は料理上手だったと思う。それでも麺つゆのような、家庭料理の枠に入りきらないものを作ることには四苦八苦していた。干しシイタケを戻し、カツオブシの種類を変え、アレを足したり、コレを引いたりと試行錯誤して作っても、舌が肥えた父は首を縦に振ることはなかった。冷蔵庫には試作品と失敗作が次々貯蔵され、麦茶と間違えてうっかり飲んでしまう失態も毎年の恒例行事。麺つゆとはそんなにも難しいものかと、子供心に戦々恐々としていたものだ。

それが市販品の導入で、事態は一変した。もう冷蔵庫に出来損ないの麺つゆが備蓄されることもなくなった。母が使っていたのは、小さな缶に穴を開けて使うタイプだったが、お手伝いと称して穴を開けていると、そうめん作りの中枢を任されているような誇らしげな気持ちになったものだ。

市販品を導入したあたりから、実家のそうめんは具沢山になっていった。理由は簡単だ。昭和ヒトケタの九州男児である父が「つゆを作らなくて良くなったんだから、その分楽になっただろう」と、具をいっぱい添えることを命じ始めたからだ。

今の私なら「人に作らせておいて何を言ってるんだ。具が食べたいんだったら自分で作りな」と怒るだろう。だが私も子供だったし、母も昭和の女性だった。「つゆは市販品を使っているから、これくらいはしないとね」と罪悪感をあらわにしながら肉そぼろを作り、油揚を焼き、ナスを揚げ浸しにし、ミョウガやショウガやネギを取りそろえた。

メールマガジン登録
大人のレストランガイド
注目記事
メールマガジン登録
大人のレストランガイド