2018/4/15

問い続ける人の思考法

石川 外国人がゴールデン街を飲み歩くのは無理ですか。インスタ映えはしそうです。

手塚 あそこは謎の店主と謎の客たちの小宇宙ですからね。そのクールさが外国人にも理解されるようになると面白いですね。クールかクールじゃないか、世界中を旅している人にはわかる。まねしているだけだとバレます。歌舞伎町の独自性は世界にも通用するはずだという確信はあります。それをどう実現するかです。

共生でなく共存だからこそ活気

石川 歌舞伎町の商業振興組合の理事になったのも、新宿の将来を考えてのことですか。

歌舞伎町ブックセンターで語る手塚氏(左)と石川氏

手塚 町づくりには興味があります。ただ、振興組合は積極的にこの町をこう変えていきたい、というリード役を担っているわけではありません。困っているお店をみんなで助けようとはしない。逆に誰かを取り締まることもしない。それぞれのお店は共生しているのではなく、共存しているだけだと僕は表現しています。

例えば、古いビルが一棟貸しで借り主を募集していたことがあり、僕はそこを一棟丸ごと、現状を生かして歌舞伎町らしいナイトミュージアムにすれば、海外の人も、若い人も集まり、町の文化的なイメージも上がると大家に交渉しました。ところが、大家は「収益が安定するから」と言って、そのビルを居酒屋チェーンに貸し出してしまいました。人は人、自分は自分。町のためにナイトミュージアムをつくろう、とはならないわけです。

石川 でも、その自助の精神というか、緩やかなつながりが、歌舞伎町の活気を生み出しているのかもしれませんね。お話をうかがっていると、歌舞伎町は究極のダイバーシティー&インクルージョン(多様性と包摂)を体現しているように思います。最後に、手塚さんにとって、歌舞伎町とはどんな町ですか。

手塚 一言でいうと「たどり着く町」かな。夢を抱いて来るのでなく、失敗したり、挫折したりした結果、ここにたどり着く。敗者復活の町といってもよいかもしれません。それに気付いたのが30歳すぎです。今振り返ると、20歳代の頃は新宿もホストもバカにしていたかもしれません。それでも僕がここに居られたのは、この町の寛容さがあったから。自分自身が一番救われていますね。

手塚マキ
 1977年埼玉県生まれ。19歳の時、新宿・歌舞伎町のホストクラブで働き始める。現在はホストクラブ、バー、美容サロンなどを経営するSmappa!Group会長。歌舞伎町商店街振興組合理事。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
石川善樹
 1981年広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマに企業や大学と学際的な研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。

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