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「若者よ、楽しみなさい」93歳の小さな大ピアニスト スレンチェンスカ サントリーホールで初演奏会

2018/4/13

3歳でピアノをはじめ、今年1月で90年が過ぎた。

「若者よ、楽しみなさい。前進しなさい。いつもほほ笑みを絶やさずに!」。ルース・スレンチェンスカは1925年1月15日、米カリフォルニア州サクラメントで生まれた93歳の女性ピアニスト。4月21日、いよいよ東京のサントリーホールの大ホール(2006席)で、ソロリサイタルを開く。6歳のベルリンデビューから数え、演奏歴は90年に近い。身長145センチメートルの小柄な体のどこに、底知れないパワーは隠されているのか?

その人生は、幕開けからして楽ではなかった。バイオリニストの父が強制的にピアノを与え、スパルタ教育を始めたのは3歳。5歳でフィラデルフィアのカーティス音楽院に入り、さらに欧州でアルトゥール・シュナーベル、アルフレッド・コルトー、ヨーゼフ・ホフマンら歴史的ピアニストたちの教えを受けた。旧ソ連から米国に亡命した作曲家で大ピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフにも習い、9歳でその代役を務めると、ニューヨーク・タイムズ紙が「モーツァルト以来最も輝かしい神童」と絶賛した。

しかし父の異常な教育熱に反発を強め、19歳で家出してカリフォルニア大学バークレー校に転じ、心理学を学んだ。そこで同級生と最初の結婚をするが、10年で破綻した。ピアニストに返り咲いたのは、夢想家で生活力のない夫からの自立を意識した26歳。たちまち演奏会、レコードの両分野で活躍するようになり、62年に小澤征爾が急病の指揮者の代役でサンフランシスコ交響楽団に呼ばれ、西海岸デビューを果たした際のピアノ協奏曲のソリストもスレンチェンスカが務めている。

64年には南イリノイ大学から「アーティスト・イン・レジデンス」として迎えられ、87年に退任するまで数多くのピアニストを育てた。67年には大学の同僚で政治学の教授、7歳下のジェームズ・ケールと再婚。76歳でジェームズが亡くなるまで添い遂げたが、夫の死に衝撃を受けてから3年間、ピアノを弾かなかった。失意の恩師を励まそうと、台湾にいる往年の生徒が東呉大学の客員教授のポストを用意し、台北に招いたのは2002年。77歳の復活の先にはもう一つ、驚くべき人生の展開が待っていた。

「台湾のあるお宅で、プライベートの室内楽演奏に興じたとき、着飾った2人の少女が目に留まりました。2人とも相当に聴き込んでいて、音楽を心底楽しんでいるように思えました。私が彼女らのお母さんをほめると、お母さんはジュリアード音楽院を卒業したピアニスト、エイミー・ツァイさんだとわかって即、友人となりました。そのご主人がミック・ミフネ(三船隆三郎)さん、そのお兄さんが三船文彰さんで、ともに歯科医です。文彰さんのご縁により、翌年から岡山県で演奏活動を続けるようになりました」

レコーディングを終え、くつろぐスレンチェンスカ(2017年)

8度目の来日を果たした13年。三船家の結婚披露宴出席を兼ねて東京に現れた88歳のスレンチェンスカは、都内での初リサイタルを済ませた直後に宮中へ招かれ、かねての約束だった美智子皇后とのピアノ連弾も果たした。スレンチェンスカのCDを作り続けてきた三船文彰ですら「もう、これが最後」と思ったそうだが、17年夏に再び台北、岡山を訪れ、CD2枚分のモーツァルトのソナタを録音した。三船が制作したスレンチェンスカのCDはこれで8巻15枚に達した。恐らくライブ録音が残りそうな4月21日、サントリーホールのリサイタルにも現役ばりばり、「攻め」の曲目が並んでいる。

J・S・バッハの「平均律クラビーア曲集(24の前奏曲とフーガ)第1巻」、ショスタコービチの「24の前奏曲とフーガ」それぞれの第5番。ブラームスの「3つの間奏曲作品117」「2つの狂詩曲作品79」、ベートーベンの「ピアノ・ソナタ第17番『テンペスト』」、ラフマニノフの「絵画的練習曲作品33」から第7番、ショパンの「練習曲集作品25」から第12番。

ニューヨークで一人暮らしのスレンチェンスカにEメールで質問を送り、自身の言葉で選曲の背景を語ってもらった。

「とても年老いた私は、もはや強靱(きょうじん)でも俊敏でもありません。代わりに時代を異にする作曲家たちが、長く受け入れられてきた様式に対し、どのような音を与えたのかを聴き比べられるような選曲で臨みます。『前奏曲とフーガ』の様式はバッハにとってもショスタコービチにとっても『全く新しい』というものではありませんでしたが、とにかく2人の大作曲家は、同一の枠組みと向き合ったのです。両者に触れることで聴衆は音楽の中へ引き込まれ、想像力をかきたてられます」

「ブラームスの5つの個性的な小品は、作曲家がピアノから引き出す様々な色彩感を明らかにするでしょう。『テンペスト』はベートーベンがシェイクスピアの同名の戯曲に触発され、作曲しました。近年、写真家の友人とイタリアのポジターノを訪れ、早朝に青の洞窟へ出かけました。そこで耳にした足元の大きなカニ、ホタル、壁にぶら下がっている小動物など、あらゆる生命体の発する音こそが、私の『テンペスト』のイメージなのです」

「最後にはショパン、ラフマニノフそれぞれの練習曲を置きました。ともに闘争の後の勝利の感覚を異なる手法で描いた作品です。プログラム全体を通じ、聴衆の皆様とともに音楽を聴く喜びや、極めて個人的で生々しいのに歴史的で美しく、分別のある音の発想の数々を分かち合えたらと思います。どのステージにおいても、私はできる限り最高の演奏でもって、すべての聴衆に一生忘れられない美しい音楽を届けられるよう、いつも努力しています」

スレンチェンスカには今も、過去に一切の関心を持たず「興味を持つのは将来のことだけ」と言い切る強さがある。「そんな身長と小さな手でどうして、大きな音が出せるのか?」といった質問には、「こんな私でもできるのだから、皆さんはずっと上手に弾けるはずです」と一瞬けむに巻いた上で、より深い答えを用意している。

「芸術家になるためにはもろもろの能力が必要です。卓越した想像力、たゆまぬ努力、高度の感受性と環境適応能力、どんな困難な状況でも目標に向かってまい進する不屈の精神……。そして自分の芸術に執着すること、たとえ多くの人から冷遇されようとも!」

「かつては大きい筋肉を鍛え、大曲や難曲を十二分に弾きこなしてきました。今は大きい筋肉がなくなってきた代わり、小さい筋肉で違う美しさを表現するのですよ。老いは成長の始まりなのです」

楽しみにしていた桜の花はもう散ってしまったが、スレンチェンスカは日本の人々との再会を心待ちにする。サントリーホールの後は東日本大震災の被災地へ向かい、地元の子どもたちと交流しながら演奏会を開いて回る。「私たちをきらびやかに燃え上がらせ、地球の隅々、あるいはもっと先の世界から現れ続ける想像力のすべて」に、あくなき興味を抱き続けている。=敬称略

(NIKKEI STYLE編集部 池田卓夫)

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