浅漬けを究める 塩加減でうまさも食感もコントロール
魅惑のソルトワールド(15)
定食を頼むと、必ずと言っていいほど豆皿に盛られて、メインのおかずの脇にさりげなくちょこんと鎮座しているアレ。とんかつだったり、脂ののった焼き魚だったり、ちょっと油っこいものを食べたりなんかして、「ああ、ちょっと口をリフレッシュしたい」と願う時に、または、白いご飯をほおばって、「ちょっと塩っ気のあるものがほしい」と感じた時に、まさにお口の救世主のごとく活躍してくれるのが、そう、「漬物」です。メインにはならないのに、なんだかないとすごく寂しく感じてしまう、日本人の「心の友」ならぬ「お口の友」なのです。
そもそも、漬物には3種類あるのはご存じでしょうか? 1つは、「ぬか漬け」や「味噌漬け」「かす漬け」など、発酵済の「床」に素材を漬けこむもの。2つめは、素材を塩漬けにして素材そのものを発酵・熟成させるものです。漬ける時間が長くなり発酵・熟成が進んだものは「古漬け」と呼ばれます。そして3つめが、素材を塩でもんですぐ食べる、発酵させないタイプ。これは一般的に「浅漬け」「即席漬け」と呼ばれています(発酵タイプでも漬け込み時間の短いものは、浅漬けと呼ばれることがありますが)。
今回は、この中で最も塩の関与が深い浅漬けについて、塩加減による変化とお薦めの塩分濃度、そして浅漬けをおいしく仕上げてくれる塩とはどんなものかについて検証してみました。
浅漬けは、材料を切って、塩をまぶすことから始まります。もちろん、うま味や辛味を付加したければ、切った昆布や唐辛子などを加えてもよいのですが、今回は基本として塩だけで作ります。
塩には、素材と塩の浸透圧の差を利用して、素材から水分を吸い出す浸透脱水作用があります。元気のあった人が急にしょげて元気がなくなることを「青菜に塩」というように、青菜に塩をふると、外側と内側の浸透圧を同一にしようという作用が働くため、細胞に含まれていた水分が吸い出されて、しんなりとします。この作用は塩分濃度が2%以上の塩水の場合に起こります。これを利用して、素材から水分を抜いて、うま味やその味わいを凝縮させるのが「浅漬け」なのです。
ここで重要なのが、塩加減。塩をどのくらいまぶすかによって、素材から出てくる水分の量は大きく変化します。そしてそれは、しょっぱい・しょっぱくないという点はもちろん、食べ物のおいしさを大きく左右する「食感」にかかわってくるのですから、見逃せません。今回は、キャベツとキュウリで実験してみました。
まずはキャベツ。同じ部位、同じ重さになるようにしたキャベツを、重量の2%、1%、0.5%の塩をまぶして、同じ時間漬けてみました。写真をご覧いただくと分かるように、2%の塩でつけたキャベツは大量の水分が出てかなりしんなりとかさが減ったのに対し、0.5%の塩でつけたキャベツは、ほとんど生のままです。
次にキュウリですが、こちらもキャベツと同じく、非常に分かりやすい結果となりました。写真左側にあるのが、重量の2%の塩でつけたキュウリ。右側が、重量の1%でつけたキュウリです。2%の塩でつけたキュウリは、なんというか、「浅漬けの『古漬け』」と呼んでしまいそうなくらいに水分が吸い出されてしんなりとしていますが、1%の塩でつけたキュウリは、しんなりとした雰囲気の中にも、まだまだシャキッと感が残っています。
キャベツもキュウリも、重量150グラムに対して、塩分濃度2%で塩は約3グラム、塩分濃度0.5%で0.75グラム、本当にちょっとした塩の量の違いですが、ここまで食感に大きな影響を与えます。
塩で引き出された野菜の甘味やうまみを、シャキシャキとした食感で軽快に楽しみたいのか。それとも、ちょっとしょっぱさがきいていてしんなりした食感を口にいれて、味覚をリフレッシュしてくれることを求めるのか。どちらを選ぶかで、使うべき塩の量が大きく変わってくるのです。
しんなりさせたいなら重量の2%、シャキシャキとサラダ感覚で食べたいなら0.5%、ちょうどその中間くらいを求めるなら1%が目安となります。
なお、白菜やキュウリ、ナスなどの水分の多い野菜は浸透圧が低く、薄めの塩分でも浸透脱水が起こりやすいですが、ニンジンなどは浸透圧が高めで、塩分濃度を少し濃い目にしないと、水分がしっかり出てきません。
そのため、これらの野菜を一緒くたにして仕込んでしまうと、たとえば塩分濃度をキュウリに合わせたら、「ニンジンは水分が抜けずにほとんどそのまま」になりますし、塩分濃度をニンジンに合わせたら、「キュウリはしょっぱくておいしくない」というようになってしまいます。真においしいミックス浅漬けを作るには、素材別に仕込んで、食べる直前に混ぜ合わせるのがお薦めです。
「え、浅漬けを素材別にバラバラに仕込むのなんて面倒臭いわ」という声が聞こえてきそうです。分かります、その気持ち。そんなあたなにおすすめな裏技が、「塩水漬け」。
塩をまぶしてもむよりもちょっと時間はかかりますが、逆にほうっておけるので、忙しい人には都合のいいやり方ともいえます。塩水漬けにする場合の塩分濃度は2%以上にしましょう。そうでないと浸透脱水が起きないので。
さて、塩の量について考えたあとは、「どのような塩がよいのか」についても考えてみましょう。この連載で何度もお伝えしていますが、塩も1つひとつ味が異なるので、浅漬けのようにシンプルな調理になればなるほど、その違いが最終的な味わいにも大きく影響します。
基本的には、すぐに食べたいものなので、野菜にすっと浸透していく結晶の細かいものがお薦めです。また、岩塩は溶けるのに少し時間がかかるため、急いでいる人は海水塩のほうがよいでしょう。お薦めの塩を3つ紹介しておきますので、参考にしてみてください。
1つ目は、石川県輪島市で、塩士・中道肇氏の手による数多の研究の結果、編み出された独自の低温結晶法で作られる「わじまの海塩」。
多くの一流シェフをとりこにしているその魅力は、なんといっても絶妙なミネラルバランスにより、熟成や発酵を促進し、素材のうまみを存分に引き出してくれる点です。粒が少し大きいため、時間は多少かかるので、塩水にして漬けるのがお薦めです。
2つ目は、南米ボリビア、標高3700メートルを超える高地に位置するウユニ塩湖の塩。ここはあまりにも平らで、空が湖面に反射した姿は「天空の鏡」とも呼ばれ、観光地としても人気を博しています。
ここで自然に結晶した塩を切り出し、洗浄・粉砕・乾燥させた塩は、適度なしょっぱさに、はっきりとしたうまみと甘味があり、浅漬けに使うと野菜の甘味を上手に引き出してくれます。キュウリや白菜など、ちょっと水分量の多い野菜に合います。
3つ目は、「佐渡の深海塩(みしお) 藻塩」。佐渡島沖3.6キロメートル、水深330メートルの海中から組み上げた海洋深層水を、ホンダワラと一緒に平釜で何段階かに分けて煮込み、塩の結晶の中にエキスを閉じ込めています。海藻のうまみ成分が入っているため、塩そのものにうまみがあり、野菜にうまみを付加してくれます。ニンジンなど、少し硬い野菜にぴったりです。
今回は、浅漬けと塩のおいしくて深い関係をご紹介しました。ぜひ、色々な塩を、色々な塩分濃度で試して、「マイ浅漬け」を究めてみてくださいね。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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