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キャリアの原点

局アナから起業家へ 子育ての苦労をビジネスに ポピンズ 中村紀子会長(上)

2018/4/7

数々の苦労をパワーに変え、ポピンズを保育業界大手に育て上げた中村紀子会長

 現在、社員4000人を抱えるポピンズ(東京・渋谷)。国内最大手のベビーシッター派遣に加え、全国210カ所での保育施設運営や、介護・家事支援の領域にもサービスの範囲を拡充してきた。この30年間、創業社長として走り続けてきたのが元テレビ局アナウンサーというキャリアを持つ中村紀子さん。結婚・出産でいったんは退職したが、その後、再び仕事に復帰。波瀾(はらん)万丈のキャリアの中で味わった苦労を、一つ一つビジネスに仕立て、岩盤規制と戦ってきた。彼女の原点はたぐいまれなるひらめきと「なぜダメなのか」をとことん突き詰め、風穴を開けてしまうパワーだ。

◇  ◇  ◇

 創業30年という節目を機にこの4月、社長の座を一人娘(轟麻衣子さん)に託し、会長職に就いた。

 4000人規模の社員を抱える会社はもはや公器です。娘に後を継がせるなど、当初はこれっぽっちも考えていませんでした。でもこの5年間のうちに、私も娘も考えが変わりました。もちろん、その間、随分と悩んだのは確かです。

 娘は中学から英国に留学するなど海外生活が長く、外資系企業4社で働いてきた経験もある。結婚後、出産を機に帰国し、子育てしながらポピンズで働くようになり、その前後で祖父母の壮絶なる介護体験を経験した。

 最終的に娘に託そうと決めたのは、ポピンズに対する愛情や熱意、DNAを他の誰よりも彼女が一番持っていること、そしてこれまで培ってきたグローバルな感覚がこれからのポピンズには不可欠だと判断したからです。この5年間、彼女自身も苦悩があり、成長し自信を備えたことも私の背中を押しました。

 この30年間で随分と社会も変わったと思います。男性は外で働き、女性は家庭を守るという構図から、共働き世帯が専業主婦世帯を上回るようになったのが1990年代半ばから。それまで規制に守られ、横並びでやってきた保育業界に緩和の動きが出始めたのもちょうどそのころからでした。

 保育の世界で規制緩和の象徴は何といっても株式会社に門戸が開かれ、参入が認められた2000年のことです。今でこそ、保育の分野に新規参入している民間企業は少なくありません。その先駆けゆえに“生みの苦しみ”をたっぷりと私は味わってきました。この30年を振り返ると、まさに岩盤規制との戦いの歴史でもありました。

 元は局アナという経歴を持つ。

 現在のテレビ朝日のアナウンサーでした。新人アナでいきなりお昼の時間の生放送番組、桂小金治さん司会の「アフタヌーンショー」の担当になったのです。会社としては抜擢人事だったようですが、私にはつらかった思い出しかありません。

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