八重洲ブックセンター本店の川原敏治さんは、数字の使い方と語彙力の本をすすめるビジネス街の書店をめぐりながら、その時々のその街の売れ筋本をウオッチしていくシリーズ。今回は、いつもと趣向を変えて、定点観測している東京都心の書店で新入社員が読んでおくといいビジネス・経済書をおすすめしてもらった。学生生活から仕事モードにアタマを切り替えるのにちょうどいい4冊を紹介していこう。
■「数字の使い方」を伝授
選本をお願いした書店の一つは、八重洲ブックセンター本店。毎月訪れている定点観測書店の一つだ。ビジネス書を担当するマネジャーの川原敏治さんがまずあげてくれたのが深沢真太郎『入社1年目からの数字の使い方』(日本実業出版社)。3月下旬に出たばかりの新刊だ。「財務諸表や決算書より以前に、数字でのモノの考え方、伝え方を書いた本。社会人になって一番戸惑うポイントを突いている」というのが川原さんの推薦の弁だ。著者の深沢氏は「ビジネス数学」を提唱する研修講師。著者自身の言によれば、「『数字に強い』ビジネスパーソンを育成するプロフェッショナル」だ。
著者は言う。「学生時代に算数や数学が得意だったかどうかは、ほとんど関係ありません。仕事をうまく進めるためには、ちょっとだけ数字が使えればよいのです」。その方法を伝授するのが本書の中身だ。「数字を言葉として使う」「計算は言葉を組み合わせているものと考える」というのが、最も基本的なスタートライン。そこから始まって「一目置かれるようになる数字を使った報告の仕方・意見の言い方」や「データを活かせるようになる数字を楽しく読むための7つの基本」などが語られる。数字とグラフを使った資料づくりのコツや数字を使ったプレゼンテーションの技術にまで話が及ぶから、仕事術の基本の一冊として使い勝手のよいつくりだ。
■おじさん言葉への戸惑いを解消
もう一冊あげてくれたのが山口謡司『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ』(ワニブックス)。17年1月刊で、著者の山口氏は書誌学、音韻学、文献学を専門とする学者。古典籍や言葉に詳しい人だ。その知識を元に「毎日の社会生活の中でぜひ使ってほしいと思う言葉」51語を選び、言葉の成り立ちや歴史をつづった本だ。
51語には、「拝承(はいしょう)」「敷衍(ふえん)」「瑣末(さまつ)」「真摯(しんし)」といった学生にとってはなじみの薄い言葉がたくさん出てくる。これらを「最低限知っておきたい『知性』と『教養』を感じさせる語彙」「社会人としての評価をもっと上げる語彙」といった章立てで読ませていく。
「コモディティ」とか「セグメンテーション」とか、カタカナ語も入っている。間違って覚えていると恥をかくことになりやすい、社会人や年配の人がよく使う言葉を拾っているから、言葉の常識を社会人モードにしていくのに役に立つだろう。「数字と並んで話し方も新社会人がつまづきやすいポイント。そのとき助けになる本」と川原さんは言う。
■時代をリードする人の働き方とは?
青山ブックセンター本店の益子陽介さんのおすすめは『ニューエリート』と『おカネの教室』2~3カ月に一度訪れる準定点観測書店の青山ブックセンター本店にも選本をお願いした。ビジネス書担当の益子陽介さんが挙げてくれたのは、ピョートル・フェリクス・グジバチ『ニューエリート』(大和書房)と高井浩章『おカネの教室』(インプレス)の2冊。いずれも3月の新刊だ。
『ニューエリート』は「これからの時代をリードする人とは、どんな価値観を持って、どんな仕事をして、どんな風に生きているか」をあれこれ語った内容。著者のグジバチ氏は1975年にポーランドで生まれ、2000年に来日、モルガン・スタンレーやグーグルの人材育成部門で働いた後、そのまま日本で人材育成や組織開発、リーダーシップ開発の会社を起業した人物だ。持続的に成長を続けている人を「ニューエリート」と呼び、そうなる人の行動様式や、それを生かすチームや企業のあり方を様々に問いかけている。
一方の『おカネの教室』は、経済記者の著者による「お金と経済がストンとわかる、笑いと涙の青春小説」。中学生を主人公に「そろばん勘定クラブ」という奇妙なクラブで、半年かけておカネについて学ぶプロセスが小説になっている。一風変わった本だが、触れ込みのとおり、お金を手に入れる6つの方法の最後の一つを探るミステリー仕立ての展開を追いかけるうち、リーマンショックやビットコイン、経済学者ピケティのいう「貧富の格差」までが「そういうことか」と胸に落ちる出色の経済学習小説だ。読者は読みながら働くことやお金を得ることの意味を考えさせられる。
「働き始めると、ビジネススキルとか業務知識とかに目がいきがちになるが、そんなときこそ、働くことの本質的な意味を考えてほしい」というのが、益子さんがこの2冊を推す理由だ。
1年前にも同じテーマで定点観測している都心3書店におすすめを聞いている(「書店員がおすすめ 新入社員が読んでおきたい5冊」)。仕事術のロングセラーや、王道の自己啓発書を紹介しているので、そちらの記事も参考にしてほしい。
(水柿武志)
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