第2次大戦で破壊された教会 美しく蘇った希望の象徴もう見られない偉大な建造物

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

1900年頃の聖母教会とその前の広場。宗教改革者のルター像が教会前に立っている(Library of Congress)

建造物のなかには、古くから存在し、これからも長く残したいものがある。だが、残念ながら焼失したり、破壊されたりして、記録しか残っていないものも少なくない。ナショナル ジオグラフィックの書籍『消滅遺産 もう見られない世界の偉大な建造物』は、もはや目にすることができない、世界から消えてしまった歴史的建造物を、当時の写真でめぐる一冊だ。ここではその中から、ドレスデンの「聖母教会」を紹介しよう。

第2次大戦の空爆で崩壊

失われた建造物がある一方で、再建・復元される建造物もある。資料も失ってしまった場合、かつての姿のままに再建することはたいへん難しい。使っている建材も当時のままとはいかない。だが、そうした困難を乗り越え、可能な限り残されたものを再利用し、その姿を蘇らせた例もある。ドイツ東部の都市ドレスデンにある聖母教会だ。

18世紀に建てられたこの教会は、バロック様式のプロテスタント教会である。ドームはヨーロッパで有数の高さを誇り、200年間ドレスデンの空にそびえていた。

1945年2月13日、英米軍はドレスデンの空爆を開始した。聖母教会は焼夷(しょうい)弾による攻撃を2日間しのいだが、3日目の朝、熱で崩壊した。5月8日にドイツ軍は降伏し、戦争は終結。ドイツは東西に分断され、ドレスデンは東ドイツに組み込まれた。ドレスデン市民はいつか教会が再建される希望を抱きながら、がれきを集め、分類し、番号をふった。しかし再建を待つまま45年間、ドレスデンの街にはがれきが山積みになったまま残った。

市民の寄付と協力で再建

1982年の爆撃記念日のこと。400人の市民が花とろうそくを持ってこの場所に静かに集まった。これが東ドイツの体制に抗議する平和運動と市民運動の始まりとなった。1990年にドイツが統一されると、ドレスデン聖母教会の再建計画は動き始める。再建には1億8000万ユーロが必要だったが、世界中から個人や企業などの寄付が集まり、経費の一部をまかなった。ドレスデン生まれのノーベル生理学・医学賞の受賞者ギュンター・ブローベルは受賞金を教会再建のために寄付した。

1720年の図面を頼りに、何百人もの建築家、美術史家、技術者が何千もの石の破片を計測し分類した。画像処理プログラムを使ってモニター上で三次元的に石を動かし、組み合わせを研究した。利用可能な破片はすべて使われた。

資料がない場合は市民の記憶を頼りにした。正面の扉の模様を再現するために、市民から結婚式の写真を募集した。結婚式の記念撮影を正面の扉の前で行う風習があったからだ。

1994年に再建工事が開始され、2004年に外観が、2005年に内装が完成した。同年10月30日には聖別式典が行われ、6万人が参列した。教会が建つ広場には見学をする人の長蛇の列ができ、その列は翌朝5時まで途切れることはなかった。なかには涙を流している人の姿もあった。

再建された教会はその歴史を人々に思い起こさせるだけでなく、和解と希望の象徴としてドレスデンの街に立ち続けている。

次ページで、失われた聖母教会の貴重な写真と再建後の姿を紹介する。

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