老舗に女性後継ぎ　第2の創業、独創のアイデアで挑む

老舗企業が集積する関西で、女性の後継ぎに注目が集まる。全国でも低い女性の就業率を上げ、後継者不足を解決しようと、近年は官民を挙げて後押ししている。老舗の経営を継ぎ、ユニークなアイデアで第2の創業に挑む女性社長たちを追った。

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艶紅、薄花桜、黄紅葉――。日本の伝統的な色のネイルカラーが並ぶ。260年続く日本画の絵の具専門店、上羽絵惣（京都市）10代目の石田結実さん（50）は古来の色の美しさや歴史を生かす商品開発に知恵を絞った。同社のネイルカラーは日本画で使う貝殻の粉末で作る。一般品と比べて刺激臭がなく、肌や爪が弱い人も安心。がん患者らのおしゃれにいいと、全国約50カ所の病院で使われている。

9代目の父親が病に倒れたのを機に家業を継いだ。日本画材料は需要が先細り。借金の返済に追われ、一時は廃業も視野に入った。「経営の素人で何の専門的な強みもない自分が、何をできるのか」。日本画や絵の具、色彩について猛勉強。異業種交流会に参加して突破口を探す日々が続いた。

ネイルカラーという新分野を思いついたのは友人のひと言だった。「女性の爪を飾るのってアートだよね」。日本画の絵の具の淡い色味を生かし、ネイルカラーにできないか。色の主張が強すぎないものを好む人はいるはず。

かつて20店以上あった地元の同業者は、老舗ほど伝統に固執して、次々と廃業していった。石田さんは「時代のせいにしたくない。だから次を探し続ける」と言う。伝統の日本の色の美しさには、他にない未知なる価値がまだまだあるはず。新たな魅力の創造に挑むつもりだ。

「安いから質の低い酒でいいと若者が考えていてはファンは増やせない。初めての酒こそ、いいものを」。1893年創業の梅乃宿酒造（奈良県葛城市）で初の女性社長、5代目の吉田佳代さん（38）はこう話す。力を注ぐのは、酒離れが進む若い世代への酒文化の継承。大学へ出向き、清酒の発祥と言われる奈良県の酒造りの歴史と技術を講義し、試飲をセットにしたユニークな授業を開く。

大学で経営を学び、総合商社に入社。その後、家業に入った。入社4年で「後を継ぎたい」と4代目の父に申し出たところ「能力があれば継がせる」と背中を押された。

創業120年を機に吉田さんがつくった日本酒の新ブランド「山風香シリーズ」は、絞りたてのフレッシュな味にこだわる。さらに日本酒の常識を超え、リンゴやブルーベリーの果汁を入れた発泡日本酒を開発した。首が長いスタイリッシュな瓶を採用し、フレンチやイタリアンの店でも評判だ。人気を集めていた日本酒ベースの梅酒は、果肉を入れた濁りの「あらごし梅酒」を生み出した。

伝統に重きを置く業界だからこそ、「歌舞伎にスーパー歌舞伎があるように、私たち自身が勇気をもって変わること。新たな日本酒文化の可能性を示せるはず」と力を込める。

　異業種から後継ぎ社長へ。平安伸銅工業（大阪市）3代目社長の竹内香予子さん（35）の家業の主力製品は家具をしっかり固定し地震などに備える突っ張り棒。国内シェアで首位、創業66年の老舗だ。

前職は全国紙の新聞記者。滋賀県の支局で事件取材に走り回る日々だった。2010年、入社3年目で27歳のときに転機が訪れた。社長だった父親が体調を崩したのだ。新聞社の仕事に自分の役割を見失いかけていた時期でもあった。父がいない穴を埋めようと家業に入り、商品開発や経理などの経験を積んでいたが、父の病状は急変。継承の時間は少なかった。

よりどころとなったのが同年代の経営者や起業家が集まる勉強会だ。「一から事業を起こそうとしている起業家の姿に刺激を受けた」。自社に何が足りないかを、徹底的に考えた。結論は、既存の事業だけでは成長の可能性がないことだ。

竹内さんが考えついたのは実用重視の突っ張り棒に装飾性を与え、壁や天井に傷をつけずに簡単に棚や仕切りをつくれるインテリア部品という新商品だった。しかし量産品に比べて収益効果が見込みにくく、売れるかもわからない。熟練の技術者と対立、会社を辞める人も続出した。竹内さんは女性社員やデザイナーを積極採用、「デザインが新たな需要を開拓する」と技術者を説得して回った。

誰でも簡単にDIYができる新商品「ラブリコ」はマンションなどの内装をおしゃれにしたい女性を中心に人気となった。今は社員が増え、全体の3分の2が入れ替わって女性は4割。建築士の夫とともに二人三脚で会社を率いる。老舗ほど既存の事業の方程式から抜け出せない。ビジネスモデルを変えることへの反発は予想以上に大きかった。それでも「自分が変わることで、人を変えていける」。

関西は老舗の中小企業が集積するが、後継者不足による廃業は少なくない。竹内さんは「中小企業だからこそ、自分を変えればチャンスは多い」と若者にエールを送る。

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関西は女性の就業が全国に比べて少ない。アジア太平洋研究所（APIR）の2017年版の関西経済白書によると25～44歳の既婚女性の就業率は15年、6府県すべてで全国平均（64.9%）を下回った。同白書は経済再生に向けて、不足する労働力として女性の活躍がカギを握ると指摘。就業率が増えない要因として保育所の不備や仕事とのミスマッチがあるとしている。

関西経済連合会と関西広域連合は17年末に専門委員会を設置。女性の就業支援に乗り出した。注目されているのが、家業の経営資源を生かして業態を転換する第2の創業、「ベンチャー型事業承継」だ。

近畿経済産業局は17年から、同族企業の業態転換に成功した経営者が講師となり、若い世代に家業の魅力を伝える取り組みを始めた。2月下旬に大阪で開いたイベントには若い女性の姿も目立った。奈良県から参加した鈴木みどりさん（29）は航空会社の客室乗務員だった経験を生かし、家業の靴下会社で「新しいストッキングの開発に挑みたい」と話す。

事業承継対策はこれまで、継がせる立場の経営者を対象にした取り組みが多かった。継ぐ側の世代に対する施策が進めば、働きたいと考える女性の後継ぎを増やすことにつながる可能性がある。

（土橋美沙、川上梓、香月夏子）

［日本経済新聞朝刊2018年3月26日付］