濱田めぐみ メリー・ポピンズが劇場にかける「魔法」
『メリー・ポピンズ』の日本初演が3月25日に開幕。世界的に大ヒットしたディズニーの同名映画でも知られる作品のミュージカル化だ。日本版では、濱田めぐみと平原綾香がダブルキャストで主人公メリー役を演じる。オーディションが始まったのは3~4年ほど前。それ以来、「メリーがずっと自分の中にいた」と語る濱田が、「劇場全体に魔法がかかる」という作品の見どころを語ってくれた。
『メリー・ポピンズ』は2004年、ロンドン・ウエストエンドでの世界初演を皮切りに、ニューヨーク・ブロードウェイをはじめ10カ国以上で上演されてきた。1964年にディズニーが製作した同名映画でも知られる原作を基に、ロンドンに住むバンクス家の子守としてやって来たメリーと、バンクス家の人々との交流を描く。『チム・チム・チェリー』『スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス』など、誰もが耳にしたことがあるであろう名曲の数々と圧巻のダンスシーン、メリーが魔法を使っていろんなものを出したり、客席の上を飛んでいくといったマジカルな演出が話題を呼び、世界中で人気となっている舞台だ。
メリーを演じる濱田は、日本ミュージカル界のトップ女優の1人。95年12月に劇団四季オーディションに合格し、その3カ月後には『美女と野獣』のヒロイン・ベル役に異例の抜てき。その後も『ライオンキング』『ウィキッド』などで日本初演のヒロイン役を務め、退団後も数々のミュージカルに出演。聴く者の心に届く伸びのある歌声と繊細な芝居で、観客を魅了し続けている。
日本での初演にあたり、イギリスからオリジナル版を手がけたスタッフが来日し、けいこに参加。作品の規模が大きいため、稽古期間が長く取られた。日本では、芝居やミュージカルの稽古は、初日の約1カ月前からスタートすることが多いが、3月18日にプレビュー初日を迎えた同作は、1月の初めから稽古に入っていたそうだ。
「朝から晩まで、『メリー・ポピンズ』漬けです(笑)。稽古場に通う車の中でも家でもずっと楽曲を聴いていますし、休憩時間にもセリフを口にしています。『どんなことでもできる』『闇のなかでも道はある』『あなた次第』といったセリフのひとつひとつが心にひっかかるんです。楽曲もどんなに聴き続けていても飽きることはありません。これがディズニー・マジックなのかもしれませんね」
濱田に話を聞いたのは、稽古後の21時すぎ。その日は午前には稽古がスタートしていたそうで、間違いなく疲れていたはずだ。しかし、長い時間メリーにふんしていたことの高揚もあってか、その口調はどこか弾んでいるようにも思えた。
「私の中にいたメリーがようやく表に出てきた、そんな感じなんです。この作品のオーディションがスタートしたのは3~4年ほど前だったと思いますが、その頃から私の中にはずっとメリーがいました。他の役を演じているときも、かたわらにメリーがいないことはありませんでした」
長く彼女の中にいた、その「相棒」を、濱田めぐみ本人はどうとらえているのだろうか。
「メリーは人間の感覚でものを見ていないので人物としてとらえるのは難しくて。生きもの、という感じでしょうか(笑)。いろいろな角度からメリーという役にアプローチをしてみたのですが、この役に関しては、これだという確信を持って作らないほうがいいのではないかという結論に至ったんです。劇中でメリーが言うんです。『見た目の奥を見ることををいつになったら考えるの』って。見かけや実際の年齢ではなく、本質的なところにどれだけ子どもの部分があるか。それがこの作品ではカギになっていると思います。バンクス家で一番傷ついているのは、子どもの頃の傷がいやされないまま大人になってしまった(お父さんの)ジョージですし、また、公園の管理人がタコを持って大はしゃぎしたり、子どもが大人びたことをいうのも、その象徴なのではないか、って。メリーの言葉、しぐさ、表情が子どもに、そして、子どもの部分を残した大人の琴線に少しでも届けば、舞台上でメリーの仕事ができたということではないかと考えています」
そう語る濱田は、すでにメリーの雰囲気をまとっているように見える。安定した歌唱力はもちろん、その役柄として舞台に存在する演技力も、濱田のミュージカル女優としての大きな強みだ。王女だったかと思えば、死神にもなる。その役柄が、それぞれ舞台上でしっかりと呼吸をしている。役柄そのものになれる、その秘けつを聞いてみた。
「どういったらいいのかな、その役柄の世界観の周波数を引き寄せるといった感じでしょうか。メリーを演じるというより舞台上にメリーを呼ぶような感覚なんです。だから内面まで(役柄に)染まっているわけではないんですよ。演じているときも、7割は濱田めぐみとして存在しています」
初めてミュージカルの舞台に立ってから、20年以上が経った。人生の約半分はミュージカルと共に生きている。
「人生ですれ違う人たちが、劇場という空間で時間を共有し、またそれぞれの生活に帰っていく……これって奇跡に近い時間だ思うんです。最初は個々だったみなさんがひとつになっているカーテンコールの光景。それが、これからも命がけで演じ続けていきたいというエネルギー源になっています。『メリー・ポピンズ』では、劇場全体に魔法がかかるんです。何も気負わずに劇場に足を運んでいただきたいですね。わかりやすい作品ですし、登場人物ひとりひとりが愛らしく、身近な存在です。劇場に来れば、必ずメリーの魔法にかかって、すてきな時間を過ごせるはずです」
(ライター 長谷川あや)
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